投稿コーナー2 168890

とりあえずこれから復活させてみました


美容歯科集団訴訟

1:ミルキーは銀歯の敵 :

2017/06/18 (Sun) 22:40:23

若手記者の憂鬱
夜10時、家へ帰るなり、奈緒は重い鞄を肩にかけたまま、ジャケットも脱がずに洗面台へ直行した。鏡に向かって大きく口を開けてみる。
あーん
続けざまにできた大きな虫歯の治療がやっと終わったのだ。治療が追いつかないほどのスピードで次々に虫歯が増えたのは、夜討ち朝駆けを地でいくハードな生活のせいだ、と奈緒は思っている。これまでもそれなりに歯の治療を受けてきたが、保険範囲内の白い詰め物で済んでいたため、銀歯は初めてである。

左右とも、下の奥から二番めは、歯の形態を忠実に再現した存在感のある銀歯に丸ごと覆われている。右下の一番奥の歯には少しだけ白い部分が残っているが、大きく銀歯が被せられている。反対側、左下の一番奥の歯には、隣接面に及ぶ銀の詰め物が入っている。いずれも、もとは白い詰め物で治療されていた歯だ。
小さく溜息をついた後、今度は上の歯を見せてにっこり笑ってみる。
今日被せたばかりの一番奥の銀歯が、思いのほか目立つことに奈緒はたじろいだ。もっと手前の歯と歯の間には、詰め物の銀色がところどころはみ出て、きらりと光っている。唇を押し上げて、歯間のあちこちで自己主張する銀の詰め物を見つめながら、奈緒は泣きたい気分になってきた。
銀歯、何本あるんだろう。
顎を上げ気味にして、上の歯列全体が鏡に映るように口を大きく開きかけたが、やめにした。今はまだ、直視する勇気がない。

あーあ
部屋の電気をつけて、奈緒はベッドにバタンと倒れ込んだ。見上げる天井の明かりが、若干オレンジ色がかっていることに今気がついた。歯医者のライトみたい。
キュイーンという嫌な音と断続的な鋭い痛み。
めいいっぱい大きく開けた口からドリルが抜かれ、これで終わりだと思っていたのに、先端部分を取り替えたドリルが再び迫ってきたときの恐怖。
痛かったら上げるように言われた左手を上げても、まともに取り合ってくれない歯科医。
顔を揉みくちゃにしながら、何とかこぼすまいとした涙。
ついに耐え切れなくなって、大声で痛い、痛い、と叫んだつもりが、虫歯を削り込んでいくドリルに阻まれて、ひはい、ひあー、という金切り声になってしまった恥ずかしさ。
その後すぐ、パーテーションの向こう側から聞こえてきた、「ほら、歯みがき頑張らないと、隣のお姉ちゃんみたいに虫歯になって、痛い痛いしちゃうんだよ」という母親らしい女性の声。
奈緒はブルブルと首を左右に振った。のろのろと起き上がり、ジャケットを脱いでハンガーにかけた。ベッドに放り出した鞄から、取材ノートとボイスレコーダーを取り出す。

やっぱり、セラミックにすればよかったかな。そっと独りごちる。
まだ27歳とはいえ、大手新聞記者である奈緒の収入をもってすれば、銀歯ではなくセラミックの白い歯を選択することくらい、なんてことはない。しかし、今回の取材対象者の話を詳細に聞くにつけ、歯科の自由診療を受けることが恐ろしくなってしまったのだ。
痛みと恐怖を伴う治療を終えてグッタリしているところに、トリートメントコーディネーターを名乗る茶髪の女性が執拗に高額なセラミックを勧めてきたせいでもある。そのときに手渡されたパンフレットは、取材ノートにしっかり挟み込んだ。余白には、几帳面な字でメモ書きが連なっている。
さてっと。
長い髪を後ろで無造作に結わえると、奈緒はパソコンを立ち上げ、ボイスレコーダーに録音した取材の書き起こしに取りかかった。
2:ミルキーは銀歯の敵 :

2017/06/19 (Mon) 22:31:44

取材記録1(学識者の意見)
土井 伸江 58歳 S大学歯学部教授
私が子どもの頃は「虫歯の洪水」と呼ばれた時代でしてね、日本が豊かになって、砂糖の消費量が増えてきたのに対して、歯科保健は大きく立ち遅れておりました。その時代、特に虫歯になりやすく、進行も早い子どもたちの口腔衛生はひどいもので、専門用語でランパントカリエスと申しますが、歯という歯がすべて虫歯になっている子どもも珍しくはありませんでした。そこまではいかなくとも、神経に届くような大きな虫歯を何本も抱えているのが当たり前でしたけれども、今の若い方には信じられないでしょう?
それでね、私もそんな子どものうちの一人でしたから、歯が痛くなるたびに、母に連れられて泣きながら治療に通っておりました。
あら、そんなに驚かないでくださる?歯科医師だって、専門知識を身につける前は一般の方と何ら変わりませんから。
そんなわけで、今は私、歯学部で教授などしておりますけれども、治療済みの歯は沢山ありますし、虫歯の再発なども非常に多く経験してまいりました。昨年はインプラントの手術も受けました。
私は歯科医師でありながら、自分の歯の悪さに泣きを見てまいりましたので、今回の原告の皆さんのように、数回の治療で白い歯が手に入るですとか、そういう誇大なね、そういう類の広告に引き寄せられる心理というのは、本当によく理解できるんです。

そうですか、トリートメントコーディネーターね。白い詰め物を選ぶようににと、説得されそうになったのね。あら、被せ物をされたのね。
この頃は無資格のスタッフの給与を歩合制にして、自費の補綴物を、一般的な言い方では詰め物や被せ物ですね、を勧める医院が増えてますから。そうです、どれだけ自費の患者さんを獲得したかが評価されるような、そういう医院がね。
嘆かわしいことですけれども。医科ではこんなことないでしょう?たしかに、歯科の診療報酬は低く抑えられていますが、こんなやり方、どうなのかしらね。
それに、治療した歯を長持ちさせるという観点からは、ゴールドが圧倒的に良いんです。こちらも自費になりますけれど、その説明はなかったでしょう?本当に患者さんのことを考えた上で自費をお勧めするならば、ゴールドが第一選択になるはずです。
虫歯の治療痕を少しでも目立たなくさせたい患者さんと、自費で稼ぎたい歯科医師とが、悪い意味で共鳴し合ってしまっているのが、現状なのでしょうね。それが極端な形であらわれるのが、美容歯科を標榜するクリニックなのではないかと、私は考えております。
3:ミルキーは銀歯の敵 :

2017/06/19 (Mon) 22:40:25

取材記録2(原告代表インタビュー 第一部)
中原くるみ 23歳 W大学商学部4年 休学中

私は、F県K市の田舎の大家族の中で育ちました。ひいおばあちゃんがいて、おじいちゃん、おばあちゃん、父と母に、私たちきょうだいが3人。2歳離れた双子の弟がいます。
家族の愛情に包まれて、子ども時代を過ごしました。両親は共働きだったので、おじいちゃん、おばあちゃんによく面倒を見てもらったのを覚えています。

私は子どもの頃から歯が弱くて、しょっちゅう虫歯になっていました。でも、歯医者に行くのが嫌で、親にバレるまで虫歯があることを隠していたのと、親も忙しくて私をすぐには歯医者に連れて行けなかったのとで、急な歯痛で泣いたことが何度もあります。なぜか明け方に痛くなるんですよね、虫歯って。
おばあちゃんは朝が早いから、明け方に私がほっぺを押さえて泣きながら布団から出ると、もうとっくに起きてるんです。私の顔を見ると、「虫食い歯の虫ン子が暴れだしたな。どうら、見せてみ」と優しく言ってくれて、私が口を開けると「おーお、かわいそうに。大きな虫食いじゃ、これは悪い虫ン子に食われたのう、痛かろう」と、膝枕をして虫歯の穴に正露丸を詰めてくれるんです。ちょうど痛む歯の側のほっぺに氷が当たるように、私の頭にささっと白い三角巾を巻いて、湯ざましでバファリンも飲ませてくれました。
そのあとは、私の布団で添い寝しながら、「虫ン子、虫ン子、もう泣くな」って独特の節まわしで繰り返して、背中をさすってくれるんですけど、そうしてもらうと、安心して眠れるんです。

翌朝は、保育所や学校を休んで歯医者に連れていかれるんですが、押し入れに隠れたりして、ずいぶん抵抗しました。保育所に通ってた頃は、歯医者に行ってからも泣いて暴れるので、網で身体を縛られて、口には何かをはめられて無理やりこじ開けられた状態で、毎回、大泣きしながら治療を受けていました。
歯医者、嫌じゃないですか。痛いし、怖いし。
でも、子どもの治療を断ったりしない先生だったので、保育所の友達もみんな同じ歯医者に通っていました。保育所で同じクラスの子と虫歯や銀歯の見せ合いっこをしたこともあります。みんな茶色い穴のあいた虫歯の2、3本は普通にありました。銀歯が入ると、見せびらかして自慢するんです。それでもまた、すぐに別の歯が虫歯になっちゃうので、みんなずうっと治療に通い続けてました。
保育所時代のアルバムを見ると、みんな銀歯丸出しの笑顔で写真におさまっているんです。中には、虫歯で前歯が真っ黒の子もいて。だけど、みんないい顔してる。私はこんな事になっちゃったので、やっぱりどんな歯をしていても、笑顔でいられることが一番大事なんだなって、改めて思います。

その後も、虫歯と縁が切れたことはありません。たぶん、私だけじゃなくて、みんなそうじゃないかな?
4:ミルキーは銀歯の敵 :

2017/07/18 (Tue) 22:09:44

取材記録3(原告代表インタビュー 第二部)
中原くるみ 23歳 W大学商学部4年 休学中

私は中学から合唱部に入ったのですが、表情づくりや口の開け方の練習タイムがあったんです。これらは声をきちんと響かせるために重要なので、発声練習に入る前に、お互いにチェックし合って必ずやっていました。口を大きく開けると、部員の誰もが銀歯丸見えになるのですが、そんなこと誰も気にしていませんでした。あちこちに銀歯があるのが当たり前でしたから。
歯を意識したのは、顧問の先生から虫歯治療令が出たときくらいでしょうか。中2のときです。
たまたま表情練習のときに顧問の先生とペアになった後輩が、「コンクール前に虫歯、治しなさいね」と指摘されたんです。左右の奥歯に、一目でわかる大きな虫歯があったようなのですが、それを聞いた部員たちが、ペアで虫歯の見せ合いっこを始めたんです。「私もここ、虫歯なの」とか「私も虫歯あるよ、ほらここ」とか。
それを聞いた先生が、部活よりも虫歯の治療を優先するように言い渡したんです。保健室の先生まで巻き込む念の入れようでした。歯科検診に引っかかったのに治療の報告がされていない部員に対して、歯医者に行かなければコンクールの出場メンバーから外すと宣告したんです。部活の拘束時間が長かったので、歯の治療を先延ばしにいていた子が多くて、みんな本当に、文字通り泣く泣く歯医者通いしました。
私は夏休みの終わり頃から、検診で見つかった虫歯の治療に通っていたのですが、根の治療のあまりの痛さに怖気づいて、治療途中で歯医者からフェードアウトしてしまっていたんです。顧問には今ちょうど治療中だと半分嘘を言って理解してもらいましたが、治療完了の報告を持ってくるように指示されてしまったので、結局、歯医者に戻って怒られて、泣きながら治療を頑張りました。
でも、この虫歯治療を通じて、合唱部全体に連帯感が生まれたんです。近所の歯医者に行くと、必ず合唱部の誰かが治療に来ているので、みんなで励まし合って治療を乗り越えようという空気が生まれました。
私が通った歯医者は、ベテランの先生と息子さんの2人で診療していたのですが、合唱部員で医院が溢れかえってしまったため、急遽もう1人、息子さんの同級生の若い先生を加えた診療体制になっていました。
合唱部員が3人横一列に並んで治療を受けることもよくありましたが、田舎の歯医者なので、隣同士の仕切りなんてありません。
「ああ~、大きな虫歯だね、こりゃ」とか「銀歯取れたの、いつからなの?ここ」とか会話は全部筒抜けです。尖った器具を虫歯の穴に入れられたり、痛む歯にシューッと風をかけられたりして、みんな交互に悲鳴をあげました。
私は待ち針のような器具で根っこの治療を受けていたので、キュイーン、キュイーン、というあのドリルで虫歯を削られていた子たちに最初は羨ましがられました。あの音がしないと、治療の痛みが軽いように思われるんですね。でも、しばらくして、根や神経の治療を受ける子たちが複数あらわれると、診療室に悲鳴が響くようになりました。
診療室や待合室では、先輩も後輩も関係なく、みんな涙でぐちゃぐちゃになった顔を見せ合ったし、思わず抱き合ってボロボロ泣いたりもしました。運動部の夏合宿などで、苦しい経験を共有すると連帯感が高まるといいますが、それに近い感じだったのかもしれません。
結局、コンクールまでに全員の治療完了は達成できなかったのですが、虫歯の治療で練習時間が削られたにもかかわらず、県大会まで進んで銀賞をとることができたんです。共通の経験がメンバーどうしを強く結びつけたのだと思います。
県大会から帰るマイクロバスの中では、誰かが「銀歯で銀賞!」と叫んで大きな笑いが巻き起こりました。みんなの口の中で光る沢山の銀歯は、幸運を引き寄せるラッキーチャームのようにすら思えたんです。
5:ミルキーは銀歯の敵 :

2017/08/21 (Mon) 20:40:59

取材記録4(原告代表インタビュー 第三部)
中原くるみ 23歳 W大学商学部4年 休学中

高校は地元のD商業に進学しました。農協とか、そういうところに就職できればいいなと思っていたので。高校でも合唱を続けましたが、F県、とくにK市は強豪ぞろいなんです。中でも、進学校としても知られるA女子高校の実力が圧倒的で、全国大会で金賞を何十年も連続で受賞していました。私達もA女子の遠い背中を追いかけながら練習に励む日々でしたが、地区大会で入賞できれば御の字といったところでした。
そういえば、中学時代の合唱部の同級生で、A女子に進学した優等生がいましたが、合唱部には入らなかったんです。K市の中でも交通の便の良くない旧D村から通学していることと、進学校で勉強も大変だから、負担の大きい部活をするのはきついのかなと思っていましたが、そうではなかったんです。
通学帰りに駅でばったり会ったときに、合唱部に入らなかった理由を聞いたところ、歌は好きだけれど、口を開けるのが恥ずかしくて歌えないと言うので、耳を疑いました。たしかに合唱の表情や口の開け方は独特で、恥ずかしがる女の子も多いのですが、私の知る彼女は顧問の先生の指導どおり、指3本が入る大きな口を開けて歌っていましたから。そして、うつむきながら、学校の歯科検診でまた虫歯が見つかったと言うので、私もそうだよ、治せばいいじゃん、と明るく言ってみましたが、彼女は曖昧に笑うだけでした。
その頃、私も歯科検診の結果通知をもらったので、せっせと歯医者に通っていたんです。小中学生の頃に治療した奥歯が、またあちこち虫歯になってしまっていました。それまでにも虫歯の再発と治療をさんざん繰り返していたので、どの銀歯もかなり大きく、外すだけでも大変でした。銀歯と自分の歯との境目が神経ぎりぎりなので、麻酔をしても、もう痛くて痛くて。銀歯の面積も広いので、歯の深い部分をいつまでも削られるんです。それに当然、銀歯が外れたら終わりではなく、悪くなった部分を取り除かなければ、治療は終わりません。
ちょうど私と同じように、学校検診で虫歯のお手紙を貰った小学生たちで、歯科医院はごった返していました。先生が私の治療に取りかかっている間、キュイーンキュイーンと音を立てる恐怖のドリルから束の間解放された子ども達が、口を閉じられないようにする器具をはめられたまま、泣き腫らした目でこちらを見ています。私があまりの激痛に耐えきれずに、んあがぁぁー!、んぐあぁぁー!とうめき声をあげたり、ボロボロと涙をこぼしたりした後は、治療再開後の小学生たちの泣き声がより一層激しくなるんです。中には、それまではお利口にできたのに、再開後は手足をバタつかせて、甲高いドリルの音に呼応するように泣き叫ぶ子もいました。
こんなふうに私の挙動が子ども達に影響を及ぼす以上、私はやせ我慢するしかありません。目は固く閉じて、ラララーと発声するイメージで口は大きく開け、鋭い痛みが走るたびにひじ掛けをぎゅっと握りました。虫歯を削り進めるドリルがギュインギュイン唸り続け、強い痛みが持続するときは膝を折り曲げて、診察台に押し当てた足裏で踏ん張るようにし、お腹にもぐっと力を込めました。そんなときはもう、背中は冷たい汗でぐっしょりです。
それでも、治療を途中で投げ出さなかったのには理由があります。今ならとんだ誤解だったとわかりますが、その当時は、歯を丸ごと銀歯で覆って白い部分がなくなれば、もう虫歯にならなくて済むと思っていたんです。神経を抜く治療も、今ここで我慢しておけば、今後は一切の痛みから解放されると信じて、苦痛に耐えました。
この高1のときの治療で、これまで散々治療を重ねて痛い思いをしてきた、奥から二番目の歯、上下左右4本全部にかぶせ銀歯が入りました。一番奥の歯は、例の中学校のコンクール前に根っこの治療をした下の左右が既にかぶせ銀歯で、上の2本は銀歯で大きく覆われましたが、少しだけ白い部分が残りました。
これらよりも手前の奥歯にも大きな銀の詰め物が沢山入りましたが、見た目が悪いと思い悩むことはありませんでした。そもそも、銀歯は見苦しいものだという認識すらなかったんです。大人になるにつれて奥歯は銀色になるものだと思ってましたから。
ちょうどその頃には、前歯もだいぶ治療痕が目立つ状態になっていました。小学校の5年生か6年生の頃に、上の前歯と糸切り歯は全部、歯と歯どうしの間や歯ぐきとの境目にできた虫歯を治療して、白い素材で詰めたんです。治療直後は詰めたところも自然に馴染んでいたのですが、高校に上がる頃には変色してしまい、どの歯もツギハギ状になっていました。それでも、同じような前歯の同級生が沢山いたので、別に変だとも恥ずかしいとも思いませんでした。ニッと笑った歯が真っ白だなんて、芸能人でもない限りあり得ないと思っていたんです。
とはいえ、高校最後のコンクール地区予選の出番前に、上の前歯の大きな詰め物が外れてしまったときは、さすがに困りました。顧問の先生が差し入れてくれたお煎餅をバリンと噛み切った瞬間に、前歯にズキーンと痛みが走ったのです。思わず口元を手で押さえて、舌で痛む前歯を探りました。一番前の歯と歯の間に、舌先がすっぽり入った瞬間、私はトイレに走りました。口の中のものをすべてティッシュに吐き出すと、一口大に噛み切ったお煎餅とともに、詰め物らしい白い塊が2個出てきました。
鏡に向かってイーッとしてみると、前歯2本の間にポッカリと黒い大きな穴があいています。小声でさ、し、す、せ、そ、と言ってみましたが、息漏れして言葉になりません。おまけに、空気が前歯の穴を通るたびにズキズキ痛んで、涙が出そうになります。
これでは歌えない、と呆然としているところに、私を心配して他の3年生部員たちがトイレにやって来ました。「前歯の詰め物、取れちゃった」と半泣きで訴えると、しっかり者の部長が「恥ずかしくないから見せて。イーして」と言うので、そっと指で唇を押し上げて歯の穴を見せました。彼女は真剣なまなざしで覗き込むと「さしすせそ、言える?」と言うので、私は力なく首を左右に振りました。
そこに顧問の先生も大慌てでやって来て、「お煎餅で歯が折れたって本当?」と聞くので、「詰め物が取れただけです、大丈夫です」と答えました。全然大丈夫ではありませんでしたが、そう答えるより他ありません。「もしかして、さ行とか、つ、とか言えない?」私の話し方がおかしいので、まだ20代後半の若い先生はすっかり取り乱してしまいました。先生にあーん、いーっ、と言われるまま、大口を開けたり前歯をむき出しにしたりしてみせると、頭を抱えて「こんなにきちんと治療してるのに、なんてこと」と、泣きそうな顔をしています。
息を呑んでみんなが私を見つめる中、ピアノ伴奏の譜面めくり要員として駆り出されたバスケ部の後輩が、体育会系らしいはっきりした口調で叫びました。
「私、歯科検診の時に脱脂綿で虫歯の穴隠したことある!」
聞くと、虫歯の穴に脱脂綿をぎゅうぎゅうに詰め込んで、あたかも治療中のように装ったのだそうです。脱脂綿が仮の詰め物のように見えたことから、歯科医からは「ここ治療中なんだね」とだけ言われて、無事に検診を終えたとのことでした。頭いい!と合唱部メンバーは感嘆の声をあげましたが、後輩は顔を歪めて「でも、見てください、これ」と言って大きく口を開け、子どもがイーッをするように指で唇の端を広げてみせました。
沢山の銀歯できらきらしている口の中を覗き込むと、右下の一番奥の歯が無く、歯茎から銀色の突起だけが突き出ています。大きく穴のあいた虫歯を放置して、正露丸で痛みをしのぎ続けた結果、祝日に頬が大きく腫れあがって激痛となり、お父さんが出してくれた車の中でうんうん呻きながら、K市中心部の救急歯科センターまで行ったそうです。ほとんど麻酔が効かないまま、何もしなくてもズキズキ痛む歯を容赦なく削られた上に、5人がかりで抑えつけられて、絶叫しながら神経をグリグリとほじくり出す応急処置を受けたときのことを、詳細に身振り手振りを交えて話すので、みんな頬を押さえて悲鳴をあげました。その後も近所の歯医者で半年近く大掛かりな治療を受け、ようやく薬を詰めた根っこに銀色の土台を刺して、銀歯を入れる算段がついたとのことでした。
「うわー、怖いよ。聞いてるだけで虫歯、痛くなりそう」「私もだよ、左上におっきな虫歯あってヤバいもん」「私も虫歯すごいよー、歯科検診で歯医者にめちゃくちゃ怒られたもん」「私は銀歯取れたとこ、もう1年くらいほっといてる」「うっそ、それヤバくない?私、銀歯取れたとこ3か月くらいほっといたら、めっちゃ虫歯になってて、チョー削られまくったよ。歯の形がなくなるくらい」「えー、嫌だ、こわーい。しみる歯いっぱいありすぎて、歯医者こわいよぉ」「歯医者、嫌だよねぇ。痛かったら手を上げてねって言うくせに、ごめんねーとか言ってむっちゃ痛いところギンギン削りまくるんだもん」「そうそう、あれマジやめてほしい!しかもさ、他人の虫歯で稼いでるくせに、虫歯多いって説教してくるし」「ほんと、矛盾してるよね。虫歯がなくなったら、自分の商売終わるくせにさ」「それからさ、うわー、ひどいねこりゃとか、上から目線で言ってこない?歯医者って」「そうそう、言われる、言われる。どうしてもっと早く来なかったの?って、みんなアンタのこと嫌いなんだよって」「そうだよね、痛くて痛くてしょうがなく来たことくらい、わかんないのかよって思うよね」「しかもさ、治してほしいところ以外も、色々いじくるよね。マジ勘弁なんだけど」「そうそう、一度通いだすとホント、なかなか終わらないよね。そこらじゅう削られまくって痛いし、お金かかるし」「私がこないだ行ったとこなんて、虫歯が何本もあってご飯食べるの辛いのに、まずは歯石取りから始めましょうって、それだけで4、5回通わせられたよ。結局、歯医者変えて全部銀歯にしてもらったけど、治療が後回しになった最後の1本が夜中にズキズキ痛み出しちゃって、マジで最初の歯医者恨んだよ。」「何それ、悪徳じゃん!」「最近できた新しい歯医者は、虫歯治す前に歯石取りってとこ多いよ。新しい儲け方を考えついたんだろうね」「私もそういう歯医者、行ったことある!歯石取りってさ、虫歯の治療なみに痛いんだよね。歯茎が弱ってるとか言われて、血が出まくってヤバかった」「うわー、その歯医者ヤブじゃない?」
みんな私の前歯のことなど忘れて、頬を押さえて顔を歪め、自分の歯の心配と歯医者への不満の述べたてています。気がつくと先生がいません。トイレの外の廊下に出てキョロキョロと探していると、ドラッグストアのレジ袋を手にした先生が、汗を拭きふき小走りで戻ってきました。
「脱脂綿あったわよ。さ、応急処置しましょ」
虫歯談議に花を咲かせている他のメンバーをトイレに残して控え室に戻ると、私は先生にうながされるままソファに横たわり、ソファの端に腰掛けた先生の膝に頭を乗せました。恥も外聞もなく口を横に広げ、穴のあいた前歯が見えるようにニィーの顔をします。先生は真剣な表情で、小さくちぎった脱脂綿を前歯の穴にぎゅっぎゅっとピンセットで押し込んでいきます。結構痛みますが、我慢するしかありません。なかなかうまく行かず、私が苦痛に耐えかねた頃、「はい、これで大丈夫。ちゃんと治療してて偉い!」と先生が微笑み、即席の応急処置は終わりました。
やがて全員が控え室に揃い、筋肉をほぐす体操の後に発声練習が始まりました。大丈夫、違和感なく歌えます。懸念していたさ行も、きちんと発音できました。発声練習をひととおり終えると、先生はいたずらっぽい表情でこう切り出しました。
「先生、聞いちゃったんだけど、みんな相当な虫歯ちゃんなのねぇ」
「美しい響きを生み出すお口の中に虫歯があるのは、良くないんじゃないかしら?」
みんなきまり悪そうに苦笑いしましたが、「虫歯の穴にいる虫ン子ちゃんを、お腹から吐く息で、お口の外に飛ばしてあげるのよ。ちゃんとお空に飛んでいけるように、はっきり大きく口を開けてね」という先生のアドバイスには、明るい笑い声が漏れました。
虫歯よ、飛んでけ!そう念じると、声がみるみる豊かに変化していきます。このときの声質の変化は、自分たちでも驚くほどのものでした。合唱では声を前に飛ばすようにしなさい、と指導されることが多いのですが、歯医者には行きたくないけれど、虫歯とはさよならしたい、メンバー全員の願いがそれと同じ効果を生んだのでしょうか。
その勢いのまま迎えた本番のステージで、ハーモニーがぴたりと重なった瞬間のことは忘れられません。会心の出来に、ステージ裏で全員と抱き合って泣きました。練習以上のことができた、もう順位なんてどうでもいい。そういう静かな充足感に満たされたのです。
果たして、審査の結果は2位に相当する優良賞でした。なんと強豪のA女子と一緒に県大会に進むことが決定したのです。今度は、キャーキャー叫んで、飛び上がりながら抱き合いました。
トロフィーと賞状の授与や、参加者全員による全体合唱、集合写真の撮影などが終わり、熱狂が少し冷めた頃、私はそっとトイレに入り、鏡に前歯を映しました。もう会場のホールには、私たちとA女子の関係者しかいません。脱脂綿を詰め込んだ箇所がさほど目立たないことにほっとしていると、A女子の部員もやって来て、同じようにイーッとして、何やらやっています。
ちらっと見ると、前歯から奥歯まで、上も下も、歯の表側が全部銀歯でギラギラ光っています。しかも、銀歯どうしが針金でつながっているのです。ぎょっとして動けずにいると、彼女はギラギラの歯を恥ずかしげもなく見せて、にっこりと笑いかけてきました。
「キョウセイのゴムをつけ直したんです。歌うときは外してたから」
笑うと、上の犬歯の辺りから下の奥歯に向けてかけられた白いゴムが、左右2本ともビヨーンと伸びて、ますます異様な感じです。「八重歯を直そうって親と話し合って、高校に受かった直後に歯を4本抜いてキョウセイ始めたんです。もう治療の終盤なんですけど、ゴムかけ、頑張らないと」
彼女の言葉すべてに、私はただ混乱するばかりでした。
このギラギラの針金銀歯は一体何なの?
キョウセイ?
歯を4本も抜くだなんて、正気の沙汰とは思えないけれど、その歯医者、大丈夫なの?
それとも、4本ともひどい虫歯だったの?
そもそも八重歯ってわざわざ直すものなの?
だいたい、娘のチャームポイントをわざわざ捨てさせて、醜い姿にさせてしまう親なんているの?白雪姫の継母みたいな感じ?
それに、ゴムの輪っかを口の中に常に入れておくなんて、普通に考えたら、虫歯の穴の脱脂綿よりもありえないよね?
ただでさえ歯医者は怖いのに、歯を何本も抜かれた上に、こんなホラー映画のモンスターのような姿に変えられてしまうなんて、私には到底耐えられません。
つらつら考えながら控え室に戻ると、本番中に虫歯の虫ン子を沢山飛ばしたのは誰か、という話題から「合唱部虫歯チャンピオン決定戦」が始まっていました。すべて治療済みの私は、えらーい!すごーい!の声とともに早々に敗退しましたが、なんと、顧問の先生も参戦し、上の歯が見えるように口を開けて、音大受験の直前に入れたという銀色の三連ブリッジを見せてくれました。左右とも、奥歯3本ずつのかぶせ銀歯のうち、真ん中の歯はニセモノで、両隣りの銀歯が橋のように土台になってニセモノを支えているのだと説明を終えると、いつものお嬢様然とした笑顔で「虫歯は早く治しなさいね」とおっしゃいました。
「先生、真ん中がニセモノってことは、歯、抜いたんですか?」
お調子者の部員の不躾な質問にも、先生は微笑んで治療の顛末を話してくれました。高3の夏休み中に虫歯の痛みに耐えられなくなり、覚悟を決めて歯医者に行ったところ、さんざん削られた末にもうこれは治療できないと宣告され、メリメリと音を立てて抜かれたそうです。反対側の虫歯も同じように抜かれ、血の味のするガーゼを噛みしめて泣きながら帰宅したという話に、みんな息を呑みました。
抜いた歯の両隣りも大きな虫歯だったため、通院を継続したそうですが、歯医者に「治療をやめたら部分入れ歯だぞ。お嫁の貰い手がなくなるぞ」と、ひどい言葉で脅されて深く傷つきながらも、なんとしても土台を作るんだ、こんな痛みに負けてたまるか、と自分を奮い立たせたと話してくれました。
が、お嬢様学校の制服を身にまとって診察台に横たわった先生が、大きく開けた口にドリルを突っ込まれ、苦痛に顔をもみくちゃに歪めて治療を受ける姿なんて、想像できません。先生が大きく口を開けるのは美しい歌声を発するときだけです。
「コンクール会場で虫歯は治せないから、虫歯の虫ン子ちゃんを飛ばそうなんて言ったけどね、美しい歌声を生むのは、やっぱり健康なお口よ」
「声楽の教授がね、入れ歯にしたら全く歌えなくなったっておっしゃってたの。だから、先生も、みんなと同じように虫歯が沢山あったけど、大好きな歌のためにために、全部治したのよ。ほら、今は虫歯1本もないの」と、歌うときのように口を開けて、治療済みのかぶせ銀歯が沢山並ぶ下の歯も見せてくれました。先生、えらーい!の声があがると、
「歯の治療を頑張るのも、歌の練習のうち、鍛錬のうちだからね。みんなもずっと、歌っていたいでしょう?県大会では、治療済みの健康な歯をどうだ!と見せて歌声を響かせましょうね。すぐに全部は治せないかもしれないけど、少しでも健康な状態に近づけましょ」
そう言って、いつもの深く美しい歌声でD商業高校の校歌を独唱してくれました。先生が大きく口を開けて歌う姿を見ながら、私は中学時代を一緒に合唱部で過ごしたあの同級生のことを思い出していました。
口を開けるのが恥ずかしいだなんて言わずに、A女子で合唱やればよかったのに。歌って、こんなに素晴らしいのだから。それに、A女子の部員なんか、前歯までギンギラの歯をしてるのに、堂々と見せて歌ってるのだから。
6:  :

2017/08/23 (Wed) 00:04:50

続き楽しみにしてます
7:ミルキーは銀歯の敵 :

2017/09/08 (Fri) 19:47:49

ありがとうございます。今年中の完結を目指していましたが、なかなか更新できず、来年まで持ち越しそうです。
田舎町で合唱好きの少女として育った私自身を、この物語に投影しました。一応平成生まれですが、小3のとき、六歳臼歯すべてにクラウンを入れた治療のことを作文に書き、県の教育委員会から表彰されたことがあります。「虫歯の子どもに優しい歯医者さんになって、痛くないように丁寧に治療して銀歯にしてあげる」ことが当時の将来の夢でした。その後、県内トップの高校に進学して、最初の歯科検診では本当に打ちのめされましたが。
今でも、地方の歯科医師会が主催している歯の作文コンクールをチェックすると、虫歯の多い小中学生はいるのだなと実感します。「歯と心と体はつながっている」で検索すると、試験期間中に虫歯が痛みだして、(おそらく)抜髄を伴う治療を受けた中学生の作文を読むことができます。これが最優秀賞って、栃木県歯科医師会すごいですね。
末永くお付き合いいただけますと幸いです。よろしくお願いたします。
8:ミルキーは銀歯の敵 :

2017/10/31 (Tue) 20:15:16

取材記録5(原告代表インタビュー 第四部)
中原くるみ 23歳 W大学商学部4年 休学中

地区予選の翌日は、朝一番に診てもらえることになった学校近くの歯科医院で、前歯の治療を受けてから学校へ行きました。消毒薬の匂いのする診療室に入り、いつもどおりに椅子が倒され、ライトが点灯した後は、もうまな板の鯉です。イーッの顔を維持するようにプラスチックの器具を口にはめられた私は、言葉を発する自由さえありません。
それでも、幼い頃からさんざん歯医者通いをしてきたので、何をされるかは大体予想がつきます。詰め物が取れた箇所にミラーを当てがわれた後、冷たい風をシューッとかけられるところまでは想定内です。ですから、風が出る機械を初老の歯科医が手にしたと同時に、ぎゅっと目をつぶり、ひじ掛けを握りしめてお腹に力を込めました。
何しろ、さ行を発音しようとするだけで、ズキズキ痛む前歯です。前日の夕飯は、前歯で噛み切らないように注意するだけでなく、汁物が前歯に触れないように気をつけて、なんとか終えたのでした。ですから、相応の痛みを覚悟してはいましたが、風がかかった瞬間、想像以上に強く鋭い痛みに、私はビクンとのけ反りました。歯科医は、動かないで、と低い声で言い、執拗に風を繰り返しかけてきます。やがてひとりでに涙がボロボロとあふれ出てきて、そっと目を開けると、難しそうな顔をしている歯科医の顔と頭上のライトが、涙で滲んで見えました。
やめてください、と言おうと思っても、喉の奥からヒィィーという声を漏らすだけで精一杯です。それでも、歯科医はお構いなしです。遂になりふり構っていられず、頭を子どものように左右に振ってイヤイヤをすると、「あー、これは差し歯だなぁ。レントゲン撮ろう」という言葉で、椅子が起こされました。
私は涙を指先でそっと拭いながら、治療椅子からよろよろと立ち上がり、白衣の上にピンクのエプロンを身につけたお姉さんの後についてレントゲン室に向かいました。レントゲンを撮る間も、風をかけられた前歯はジンジンと痛みます。私は、今後の治療内容を考えて思わず身震いしました。合唱コンクールの県大会までそんなに日がありませんから、治療期間、回数。そして、これからどんな痛みに耐えればよいのだろうか、と。
それでも、差し歯という宣告にショックはなかったんです。中学生くらいから、ツギハギの前歯を差し歯で治療しなおす同級生がちらほら出はじめていて、隣の歯とちょっと色の違う、つるんとした歯を見せて普通に過ごしていましたから。去年の定期演奏会で、流浪の民のソロを歌いあげて喝采を浴びた先輩もそうでした。先輩の上前歯の裏側にずらりと並んだ銀色を、かっこいいとすら思ったほどです。
このレントゲン撮影後に、歯科医から何か説明を受けたような気もしますが、まったく憶えていません。麻酔の注射が終わり、いつものドリルを歯科医が手にすると、私はすぐにひじ掛けを握りしめ、膝を折り曲げて足裏で踏ん張りがきくようにし、腹筋にもぐっと力を込めました。
しかし、先に差し歯になった友人から話には聞いていましたが、前歯の大掛かりな治療のときに感じる振動と痛みは、奥歯のときの比ではありません。汗ばんだ手のひらで、ひじ掛けはすぐにベタベタになり、固く閉じた目からは涙がボロボロと溢れて、耳の中まで流れ込んできました。
プラスチックの器具で口を横に拡げた状態に保持されているので、苦痛に顔を歪めることすらままなりません。ついに喉の奥をふりしぼるようにして、私は獣の断末魔のような叫び声をあげました。合唱部で鍛えた腹の底から響く声が医院じゅうに響き渡りましたが、もう、誰に聞かれようが構ってなどいられません。
アガッ、アガァッ、ウガァァァー!
ウガァッ、グガァッ、ガァァー!
ウゴォッ、ンゴォォ、グオォォォー!
ウォー、オッ、オッ、ウオォォー!
踏ん張っている足裏で、右、左、右、左と体重移動をしたり、ついでに片足ずつ宙に浮かせてみたりもしました。しかし、痛みを堪えるのに一番有効なのは、やはり叫ぶことでした。
ウオォォー、ウオォォー、グオォォォー!
「ゴリラじゃないんだから、女の子がそんな声出すのはやめなさい。みっともない」
歯科医にそんなことを言われても、私にはもはや羞恥心を感じる余裕すらないのです。
アガッ、アァァガッ、ングガァァァー!
どんなに叫んでも、歯科医が手心を加える気配はありません。いったんドリルが口の外に出されてほっとしても、先端部分を取り替えて、キュインキュイン唸りながら、また前歯に戻ってくるのです。
ついに脳天に稲妻の直撃を受けたかのような痛みが走り、私は渾身の力をふりしぼって全力で叫びました。
ギャアアァァァーーーッ!
びっくりした歯科医の手が滑り、口にはめられていたプラスチックの器具に当たって、器具が飛んでいきました。
この、ひ、と、ご、ろ、しィィーッ!
思わず金切り声で叫んだ一言に、自分でも驚きましたが、気づくと私は汗ぐっしょりで、肩で息をしていました。頭上のライトが涙で滲んで見えます。しかし、歯科医は患者に何と言われようが治療を続行するつもりです。
「さあての、神経に直接麻酔してあげるから、口を開けなさい」
すでに思考回路が麻痺していた私は、神経に麻酔という言葉に怯える余裕すら持ち合わせていませんでした。そして、注射針が近づいできたと同時に、再度あの稲妻が頭を切り裂くような痛みが走り、私は再び絶叫しました。
ギャアアァァァーーーッ!
しかし、この神経に直撃の麻酔はかなりの効果があり、その後の治療はドリルで削られるのも神経をほじくり出す処置も、ほとんど痛みを感じることはありませんでした。
ひと通りの処置が終わり、歯科医にうながされて血の味のする口をすすいでいたときのことです。どうも待合室の方がざわついています。診療室のドアが開き、歯科医が誰かと話をしているようです。
「ああ、なんだ、歯の治療だったのですね。人殺しという絶叫が聞こえたという通報があったものですから」
「声が聞こえたという現場付近で聞き込みをしたんですが、何も情報が取れなくてですね、悪戯かと思いましたよ。聞き込み中にこちらの前を通りかかったら、ドリルの音がずっと響いてましたからね。それを思い出して、もしやと思って立ち寄ったんです」
振り返ってみると、二人組の若い警察官が立っています。はっとして、ふと診療室の窓を見ると、風に白いカーテンが揺れていました。延々と続いたドリルの音と私の叫び声は、開け放たれた窓から外に筒抜けだったのです。何事かと、窓から治療の様子を覗いた人だっているかもしれません。私は思わず赤面しました。
「記録を作成する必要がありますので」
そう言ってつかつかと歩み寄ってきた二人の警察官に、私は住所、氏名、学校名を答えました。このときになってはじめて、私は前歯2本が跡形もないほど削られ、実質歯抜けのようになっていることに気づいたのです。おまけに、警察官のうちの一人は、学校横の交番勤務で、ときどき朝の挨拶を交わす顔見知りだったのです。当時流行っていたアイドルグループのメンバーに似ていてかっこいいと、生徒の間で話題になっていた人でした。
ちょっぴり胸をときめかせた相手に、よだれ掛けのようなブルーの布製のエプロンを首に巻かれたまま、入れ歯を外した老人のようにフガフガと受け答えをするなんて。おまけに、歯の治療中に絶叫していたことまで、知られてしまったのです。警察官が私に気を使って、できるだけ事務的な応対をするように心掛けているのが伝わってきて、なおさら自分がみじめになってきました。
「そろそろよろしいですか、仮歯を入れなきゃ、この子外に出られませんからね」
歯科医の言葉に、私は恥ずかしさのあまり唇を噛もうとして、あらためて前歯がないことに気づきました。
警察官たちが一礼して診療室から立ち去っていくと、歯科医は冷たくニヤリと笑って言いました。
「女の子があんな声出しちゃダメだって、これでわかったろ?」
首に巻かれたよだれ掛けエプロンをひきむしって、そのまま帰りたい気分でしたが、歯科医の言うとおり、仮歯がなければ到底外には出られません。「しっかし、人殺しだなんて、人聞きの悪い」とブツブツ言いながら乱暴に残りの処置をする歯科医に、こわごわ身をゆだねるしかありませんでした。
待合室に戻るときは、人の目が一気に注がれるような気がしてなりません。うつむいたままハンカチで顔を隠し、息を殺してそっとドアノブを引きました。意外なことに、待合室のソファに座っていたのは、せっせと編み物をしている小柄なおばあちゃんだけで、私はほっと息をつきました。もしかしたら、私の叫び声を聞いて、怖気づいて帰ってしまった人もいたかもしれませんが、そこはわかりません。
私がソファの端っこに座ると、おばあちゃんは編み物の手をとめて、荷物の中から真新しい手ぬぐいを差し出してくれました。
「ほれ、おトイレで顔を洗っといで。これはあげるから。これから歯医者さんに通うときは、これ、持っときなさい」
「おばあちゃんは元お産婆さんだからね、ちーっとも驚かんよ。必死に耐えるときは、ああいう声が出るもんだわ。でもな、耐え切った後は、こざっぱりしないといかんよ。何事もなかったかのように、笑っておるのが強いおなごよ」
お礼を言って手ぬぐいを受け取ると、自分も娘時代には歯の治療で難儀したものだと言って、おばあちゃんは笑いました。おばあちゃんの口もとからは、白く整った歯がこぼれています。思わず見とれると、実は総入れ歯なのだと明かし、今日は入れ歯の調子が悪くて来たのだと教えてくれました。
しかし、人の温かさに触れてほっとしたのも束の間、トイレの鏡に映った自分の姿に、私は愕然としました。朝きちんと整えたはずのボブカットの髪はくしゃくしゃになって、毛先が好き勝手な方向に飛びはねています。目は腫れぼったく、顔全体が浮腫んだようになって、自分の顔ではないようです。おまけに、ブラウスの襟は折れ曲がり、スカートは元の折り目がわからないほど皺だらけになっていました。こんな姿をあの警察官に晒したのかと、私は絶望的な気分になりました。
前かがみになって洗面台で顔を洗うと、治療中に無理な体勢をとっていたせいか、腰がピキッと痛みます。涙が流れ込んだ耳はポワンポワンと鳴って、変な調子です。水で濡らしてなんとか髪を手櫛で整えると、唇をそっとめくって仮歯を確認し、私はトイレを後にしました。
待合室に戻ると、もうおばあちゃんの姿はありませんでした。

歯科医院を出てからふらふらと歩いて学校に着くと、すぐに校長室に来るよう、生活指導の体育教師に呼び出されました。警察から連絡がいって歯医者での醜態がバレたのか、それとも予め伝えておいた登校時刻を大幅に過ぎたことを咎められるのか、いずれにせよ、良い知らせではありません。
校長室のドアをノックして、おそるおそるドアを開けると、クラス担任の教師とともに、進路指導担当の教師と、校長、教頭がそろって、背の低いテーブルを囲むようにソファに座っていました。遅くなりました、と一礼して部屋に入ると、進路指導担当の教師が私に席をすすめるなり、身を乗り出すようにして口を開きました。
「中原さんは、大学は受験しないのか」
予想とは全く違う展開に、面食らってしまって言葉が出ません。先ほどもお話したとおり、私はもともと卒業後は地元就職するつもりでいたので、特に受験勉強らしいことはせず、のんびりと過ごしていました。
えっ、えっ、と言葉に詰まっている私に、クラス担任がこう切り出しました。
「中原はさぁ、もしも推薦で東京の大学行けるとしたら、やっぱり行きたいとは思わないか?」
「だ、大学といっても、色々だし、その、何を勉強しようかって、そんな考えてなくて。そんな状態で進学するのは、ちょっと…」
「W大学でも、そう思うか?」
「へっ!?」
そもそも進学を考えてなどいなかった私にとってはもちろん、この学校から進学を希望する生徒たちにとっても、一生縁などないはずの雲の上の大学です。
「ダメもとでチャレンジしないか?お前の成績でやってみないのは、もったいないぞ」
手前味噌ですが、たしかに、D商業の中ではトップクラスの成績を取っていましたし、簿記や電卓の検定も積極的に受験していました。でも、それは地元の農協や信用金庫に就職するために頑張っていたことであり、到底W大学の入試に太刀打ちできるような学力ではありません。
「えーと、中原さんはビジネスコンテストのリーダーをやったことがあるね?」
教頭先生の言葉に、私はこくっと頷きました。高2のときに、D農業高校の食物科と合同で、地元食材を使ったビジネスコンテストに出場し、優勝したことがあったのです。
「それから、そうだ、おめでとうを言うのが遅れてしまったね。合唱コンクールでは県大会に進出だもんな」
「でも、やっぱり全国に行くのはA女子だと思うんです。他にも、別のブロックからT高校とかが出てくるので、入賞も難しいかと」
それにみんな、歯の治療をしないといけないし、という言葉を私はは飲み込みました。
「W大の商学部にはね、商業高校の生徒を対象とした推薦入試があるんだよ」
進路指導の教師が、抱えていた茶封筒の中からW大学のパンフレットと推薦入試の書類を取り出して、テーブルの上に並べました。普段の成績に、ビジネスコンテストと合唱コンクールの実績を加味すれば、W大学の推薦が狙えるかもしれないというのです。
「でも、私がW大なんて。F高とかA女子とかからだって難しいのに」
降って湧いたような話に、私としては困惑するばかりです。
「中原さんは欲がないなぁ」
足を組みなおした校長が、笑いながら言いました。
「箱根駅伝を見たことあるだろう。ラグビーだってW大は強豪だ。でもな、出場選手たちはF高とかA女子みたいな、ああいう高校の出身ではないわけだよ。スポーツ推薦枠で、スポーツの強豪高校から選手を獲得しているわけだ」
「だから、私が言いたいのはね、自分が狙える枠で大学に入るのは、別に何らズルでも何でもないということだ」
私が皺くちゃのスカートをさすりながら頷くと、進路指導の教師が続けました。
「大学だってね、今は多様な学生を欲してるんだ。海外生活が長い人には、帰国子女入試だってあるしね」
帰国子女なんて、テレビに出ているタレントしか知りません。私からすればツチノコのようなものです。
「つまり、まあ、偏差値一辺倒の時代は終わったってことだな」
いちど家の人と話し合ってみるようにと、大学のパンフレットと推薦入試の書類を渡され、私は校長室を後にしました。

そうでしたね、ビジネスコンテストの内容について、お話してませんでした。
旧D村には、独特の飴湯があるんです。こめっこと呼ばれていて、乾飯の米粉がブレンドされた粉末状の黒飴なんです。これをお湯で溶いて生姜を加えるのが、伝統的なこめっこです。お米のデンプン質が含まれるため、とろみがあって、飲み終わった後も口の中に長くじんわりと甘みが残ります。
もともとは、昔この地域を治めた殿様が推奨した古式泳法の休憩時の飲み物だったそうです。エネルギーの補給になり、かつ生姜で身体が温まるので、理にかなった飲み物だと、D農の食物科の先生はおっしゃっていました。明治以降、それが庶民にも広まって、こめっこを飲む子は丈夫に大きく育つと信じられるようになったそうです。
今でも地元の子は、こめっこを飲んでお腹を温めてから寝なさい、と言われているのではないでしょうか。好きな子は何杯もおかわりして飲んでいると思います。
私はこめっこを熱い牛乳で溶いてもらって飲むのが好きでした。適度にとろみがあって、黒糖ミルク風味になるんです。冬の寒い日などは特に、寝る前に湯冷めしないようにと、祖母が飲ませてくれましたね。定番は黒飴ですが、粉末の飴のフレーバー次第で、色々な味の飴湯が作れるのも、こめっこの特徴です。
特に子どもにはいちご味が人気で、これも牛乳で溶くと、とろりとしたいちごミルク風味で美味しかったです。他にも、個人的にはゆず味がお気に入りでした。また、私はあまり好きではありませんでしたが、ハッカ味もあって、こちらは夏場の農作業の合間に大人が好んで飲んでいました。
私たちとD農のグループは、このこめっこをお湯で溶くのではなく、加熱して溶かしてドライフルーツにからめてみたんです。旧D村は果樹栽培がさかんで、その後継者を育成するD農には、立派な果樹園がありました。そこで収穫された杏やりんごをドライフルーツにして、加熱したこめっこをからめて生姜粉末を加えたものを「Dっ子」と名付けて販売したんです。
こめっこに含まれるお米の粉が、加熱することでお焦げになって、黒飴やドライフルーツ、生姜と絶妙にマッチするんですよ。ビジネスコンテストでの優勝後、最初は道の駅で販売していましたが、やがて噂を呼んで、新幹線が止まるK駅でも販売されるようになりました。
その様子を東京のキー局が取材して、全国放送もされましたが、私、もともと目立つのは嫌いなんです。だから、1年ほどしてビジネスコンテストのことが話題にならなくなって、ほっとしてたんですけどね。
だって、リーダーは私でしたけど、売れる商品に仕上げたのはD農の食物科の子たちですし。その食物科の高3生が、推薦で国立大の農学部に進んだので、D商業の先生たちも推薦入試を意識するようになったのかもしれません。
9:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/02/21 (Wed) 20:55:41

取材記録6(原告代表インタビュー 第五部)
中原くるみ 23歳 W大学商学部4年 休学中

W大から合格通知が届いたのは、11月のことでした。小論文も面接もかなり手ごたえがありましたが、そもそもの学力では及びもつかない天下のW大です。志望理由書の添削や小論文の指導をしてくれた進路指導の先生から、震える手で合格通知書を受け取りました。
校長室で校長先生は万歳三唱をし、合唱部の仲間にはハグされて揉みくちゃにされ、私はあっという間に学校中の有名人になりました。もちろん家族も大喜びで、W大に行けるならと、4年間の学費と東京での生活費の負担を約束してくれました。
合宿コンクールの県大会でも予想を超える評価をいただけましたし、例の前歯の治療はとても辛いものでしたが、悪いことの後には必ず良いことが来るんだな、と。
冬休みには、東京見物の家族旅行も兼ねて下宿を探しに行きました。賃貸業者を訪ねる前に、大学周辺の環境を確認しようとしたのですが、ちょうど中高生の登校時間と重なり、私達はW大の附属中学や高校の男子生徒の波に飲み込まれました。中学・高校と男子だけで過ごす学校というのがどんなものなのか、私には想像もつきませんが、まだ小学生の名残が感じられる男の子から、もう大人の体格の高校生まで、皆同じ学ランに身を包んで、ぞろぞろと学校を目指していきます。
何の気なしに、ふと、仲間うちで談笑する彼らの口元を見て、私はあっと声をあげそうになりました。歯の表面に取り付けられた金具が針金でつながっている、あの針金銀歯の生徒が沢山いるのです。あのA女子の子と同じだ、と私は地区予選での出来事を思い出しました。彼らは私が注視するのにも気づかず、ギラギラ光る針金銀歯を見せて、大口開けて笑いながら闊歩していきます。
よく見ると、銀歯のように見える金具の代わりに、透明の粒が針金に連なっている生徒もいました。金具の銀歯よりは若干マシですが、それでもかなり目立ちます。他にも、太めの針金だけをつけている生徒もいて、ざっと見たところ、5人に1人くらいは歯に何らかの針金をつけているようです。
彼らが附属中学・高校の建物に吸い込まれていくと、今度は、全国的に有名なお嬢様学校の中高生が登校していく一団に追いつきました。雑誌で見たとおりの奥ゆかしいデザインのセーラー服です。しかし、目の前の3人グループのうち2人は、ギンギラの針金銀歯を恥ずかしげもなく見せて、口を大きく開けて笑っています。笑うと上下にかかった白いゴムがビヨーンと伸びるところは、あのA女子の生徒と同じです。セーラー服が台無しだ、と私は呆然としました。
彼女たちも八重歯をなおそうとしているのでしょうか。私がお嬢様に生まれたなら、八重歯をちらりと見せて控えめににっこり笑うのに。デコボコしている自分の上前歯を裏側から舌でなぞりながら、両サイドにぴょこんと飛び出た八重歯が欲しかったな、などと考えつつ、私はキョロキョロと周囲を見渡していました。
W大とその周辺には、私には理解できない価値観があるのかもしれないなど、そんな疑問を持つほど賢い高校生ではなかったのです。
冬休み明けに、合唱部員たちにお土産を配ったときのこと。東京で流行っているものは何だったか問われ、私は迷わず針金銀歯と答えました。予想外の珍妙な答えに、部員たちは声をあげて笑いました。針金の様子やビヨーンと伸びる白いゴムについて解説すると、皆、口から溢れ出しそうな銀歯を見せて、大口を開けて笑い転げます。
「ねえ、私の銀歯よりすごいの?」銀歯を被せていない奥歯が数えるほどしかない同級生にそう聞かれ、私はもちろん、と答えました。「だって前歯も銀歯なんだよ。笑うとゴムがこーんな伸びるんだよ」
合唱コンクールの地区予選での出来事もありましたが、皆の重い腰を上げさせて歯医者に向かわせたのは、就職前歯科検診でした。内定後に歯科検診を受け、歯の治療が完了したことを就職先に証明しなければならないのです。地元の温泉旅館が最初に取り入れたシステムで、それがK市全体に広まったのです。
ローカル局のFテレビでも取り上げられたので、K市出身ではなくてもご存知の方がいらっしゃるかもしれません。その点、進学組は、といっても地元の短大や専門学校が大半ですが、そんなことを要求されないので、歯の治療に通いつめている就職組に羨ましがられていました。
10:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/02/21 (Wed) 21:13:16

参考資料
Fテレビアーカイブス
生中継ゆうがた情報ひろば

女性キャスター
「就職を前にした高校3年生たちを対象に、今、K市内で広がっているある動きを取材しました」

取材記者
(背景は白い壁、歯科ドリルの音が響きわたっている。)

「はい、私は今、ある場所に来ています。ちょうど今の時間帯、学校帰りの高校生たちで混み合っています。この音、何かわかりますか?」

男性キャスター
(少し眉根を寄せながら)「これは私の苦手な場所かもしれませんね。歯医者さん、でしょうか?」

取材記者
「正解です。」

(学ラン、セーラー服、ブレザー、とそれぞれの学校の制服を着た男女の高校生5人が横一列になって、歯科治療を受けている様子にカメラが切り替わる。個人が特定されにくいよう、診療室全体を俯瞰するカットで撮影されているが、誰もが苦痛に顔を歪めながら大きく口を開けている様子がわかる。)

女性キャスター
「うわぁ、みんな痛そうですね。でも、頑張ってますよね。私も今、虫歯の治療中なので、この音と痛み、すごくよくわかります。」

男性キャスター
「しかし、私が学生の頃は、歯科検診で見つかった虫歯を治すために、夏休みに歯医者さんに通っていましたね。同級生もいっぱい来ていて、先ほどの映像みたいな感じになっていましたけれども。でも、今の時期はあまり、学生たちで歯医者さんが混み合うことはないように思うのですが?」

取材記者
「そうなんです、これまで歯医者さんといえば、検診のお知らせを持って夏休みに通うもの、でしたよね。最近では、就職が決まった後、入社前の健康診断で歯科検診を行って、治療が必要な虫歯等があれば、入社前に治すように促す職場が増えているんです。こちらの映像をご覧ください。」

【生放送から取材映像に切り替わる】
(長い髪を下ろした女子高生が、歯科医院の受付で診察券を手渡す横顔が映される。)

ナレーター
「県内の高校に通う刈谷萌香さん。今年の春から信用金庫に就職する予定です。内定後の健康診断で、この治療勧告書を貰いました。」

(上下の歯列が描かれた治療勧告書に切り替わる。「むし歯がありました」の項目に丸がつけられ、歯列の上にC2、C3の文字が青字で複数書かれている。)

ナレーター
「治療が必要な虫歯は6本、いずれもかなり大きな虫歯です。」

女子高生
(待合室の椅子に座って、銀歯を光らせて恥ずかしそうに苦笑しながら)「健康診断で歯科検診もあったのがビックリで。保育園児の頃から検診の後は歯医者さんに行ってたので、またかって感じでした。」

(女子高生が歯科医師から治療の説明を受けている場面に切り替わる。大きな詰め物、被せ物、神経の治療痕などで、奥歯が真っ白に写っているレントゲン写真が示される。)

歯科医師
(レントゲン写真上の、ほとんど被せに近い大きな詰め物を指差して)「今日はこの右上のとこ、古い銀歯を外して中の虫歯を削るよ。こないだみたいに神経抜くから、痛いけど我慢してね。ここが終わったら、下の根っこの消毒の続きをするからね。」

(麻酔の注射を打たれる様子が映された後、歯科医が右手に構えたドリル、左手に持ったミラーが、女子高生の口元に近づくカットに切り替わる。カメラは徐々に遠のいていく。キュイーンという音をバックに、これから使用されるドリルの先端が剣山のように集められた銀色のトレーが映し出される。)

ナレーター
「刈谷さんの虫歯治療は、あと2ヶ月ほどかかるとのことですが、社会人になる前に完治させたいと、週2回のペースで治療を継続しています。」

(歯科医の背後からのカットに切り替わる。紺色のハイソックスの足がもぞもぞ動く様子がわかる。女子高生が左手を上げたが、歯科医は意に介さず、ドリルで虫歯を削っていく。)

(場面切り替わる。学ランを着た精悍な顔つきの男子高生の首まわりにブルーの布エプロンがかけられ、治療椅子が倒されていく。)

ナレーター
「この春から市役所に勤務する予定の鈴木颯人さん。鈴木さんも、内定後の検診で虫歯が複数見つかりました。今日が治療の最終日です。」

(第二大臼歯に銀クラウンが被せられた石膏模型が映される。)

歯科医師
「これ被せたら、今日で最後だからね」

(男子高生ががばっと大きく口を開ける。下の大臼歯すべてが銀クラウン、小臼歯もすべて大きめの銀インレーで、奥歯がギラギラ光るインパクトのあるカットの後、歯科医の背後からのカットに切り替わる。)

ナレーター
鈴木さんは小学生の頃から、歯科検診の後には必ず虫歯の治療を受けてきたといいます。今回の治療の際に、スポーツドリンクが虫歯の原因になると聞き、社会人になるにあたって食生活を改めようと決心しました。

【生中継に戻る】
取材記者
(フリップを持って診療室から中継。歯科ドリルは相変わらず鳴り響いている。)
「就職前の歯科検診、実施している市内の企業は実に6割以上に及ぶんです。どのようにして広まったかと言いますと、こちらをご覧ください。」

【生放送から取材映像に切り替わる】
ナレーター
「D地区にある創業100年を超える老舗の旅館です。ほぼ毎年、地域の高卒者を採用していますが、10年前に経営を引き継いだ橘雅人さんは、求職者の歯に問題があることに気づきました。」

旅館経営者
「東京の外資系の会社を辞めて、親父から旅館を引き継いだわけですが、面接に来る子の歯を見て、これは外国人観光客に宿泊していただくのは厳しいかな、と。」
「今、国を挙げて観光に力を入れていこうって流れになってますが、外国、特に欧米の方は歯にシビアですからね。全部白い歯に、とは申しませんが、最低でも、虫歯の治療くらいは完了して入社していただきたいな、と思いましたね、はい。」

ナレーター
「入社前の歯科検診を始めて、今年で8年。従業員たちは、どのように感じているのでしょうか?」

女性従業員1
「やっぱり歯医者って強制されないと行かない場所なので、時間のある学生のうちに虫歯を治療できて良かったと思っています。」

女性従業員2
「うちの場合は、就職してからも歯科検診を受けるように言われるんですけど、虫歯が見つかっても、わりと小さいので、すぐ治せてます。高校のうちに一度きちんと治療したのが、良かったのかなと思いますね。」

【生中継に戻る】
取材記者
「就職後には治して良かったと感じているとのことですが、高校生たちの治療、大変そうですよね。私は約2時間前からこちらに来ているのですが、まさにひっきりなしに高校生たちがやって来て、ドリルの音がやむことがありません。」
「治療にやってきた高校生たちに聞くと、先ほどの刈谷さんや鈴木さんのように、小中学生の頃に治療した歯が再び虫歯になったという方が多いんです。一度詰めたところを外して、より大掛かりな治療が必要になるため、詰め物の範囲が広がったり、歯全体を被せる必要が出てきたりするとのことです。高校生たち、非常に痛そうな、見ているこちらも辛くなるような表情で、虫歯の治療を受けています。」
「就職前歯科検診によって、時間のある学生のうちに治療できるようになったとはいえ、やはり大きな苦痛と負担とが生じてしまいます。これを食い止めるための動きが、市内の小学校で広がっているので、取材しました。」

【生放送から取材映像に切り替わる】
ナレーター
「こちらの小学校の保健室、児童たちが集まっています。秋の歯科検診で虫歯の見つかった児童に、少人数で保健指導をする試みです。この日は4年生6人が集まりました。」

(半円状に並べられた椅子に座った小学生らが、それぞれ手鏡と紙を持って養護教諭と向き合っている。)

養護教諭
「みんな、歯の健康カードを見てください。Cって書いてある歯が虫歯です。マルがついている歯が虫歯を治療した歯です。自分がこれまでに治療した歯、これから治療しなければいけない歯、わかりますか?」

(ショートボブの女の子が手に持ったカードが映される。内側に乳歯、外側に永久歯の歯列が描かれており、生え替わり前の乳歯の奥歯すべてがマル、永久歯の奥歯にはCとマルが混在している。)

養護教諭
「鏡を持って、自分の歯をしっかり見てみましょう。今ある虫歯、治した歯、わかりますか?」

(小学生たち、鏡を持って口を大きく開け、カードと歯を見比べる。どの子も奥歯に銀歯が目立つ。)

養護教諭
「上の歯は見えづらいので、この鏡を使ってください。」

(養護教諭が口の中に入るサイズの銀色の鏡を配って歩く。)

「はい、それでは発表タイムです。他の人にわかるように、自分の歯について説明してください。」

ナレーター
「1人ひとりが自分の歯の状態を確認し、集まったメンバー全員に説明していきます。中には、既に治療を開始している児童もいました。」

女子児童
「私は、右上と右下の六歳臼歯を治療しました。歯科検診で見つかったのは右上だけだったけど、レントゲン撮ったら右下の方がおっきな虫歯でした。銀歯になってます。(指で唇を押し広げ、口を大きく開けて)ここです。まだ他にも、(指差しながら)こことか、ここに、虫歯があるので、これからは、甘いものを食べ過ぎないようにしようと思います。」

男子児童
「歯科検診の前から虫歯があったけど、歯医者さんに行かないでいたから、いっぱい削られて、その後めっちゃグリグリやられて、痛かったです。今もまだ他のところ治してるから、サッカーの練習に行けない日もあって、みんなに迷惑かけちゃいました。虫歯ができたらすぐ治そうと思います。」

女子児童
「前歯が4本も虫歯でショックでした。銀歯になったらどうしようって思ってたけど、白い色で治りました。」

(単独のインタビュー映像に切り替わる。)
養護教諭
「赴任してきたばかりの頃、虫歯の子どもが多くて驚きました。1年生で既に永久歯に被せ物をしている子も珍しくないですし、虫歯が痛くて保健室に来る子も多いんです。私も子どもの頃から歯が弱かったですけれど、大人になってからも治療の繰り返しで、非常に辛いんですね。同じ思いはさせたくないと、歯の保健指導を始めました。」

(再び保健指導の映像に戻る。「4年生の虫歯地図」と書かれた模造紙を児童たちが取り囲んでいる。)

ナレーター
「この虫歯地図は、歯科検診の結果を視覚化するために、養護教諭が作成したものです。未治療の虫歯が見つかった箇所には、赤のシールが虫歯の本数分貼られています。同様に、治療済みの箇所には青のシールが貼られています。」

(乳歯の奥歯は青シールが多く、六歳臼歯は赤と青が半々くらい。どちらもシールが隙間なく貼られて、白い余白が見えない。)

男子児童
「乳歯は治してる人、多い。」
女子児童
「六歳臼歯は治してたり、虫歯だったり。」
男子児童
「オレの歯も地図みたいな感じ。みんなおんなじ感じに虫歯なんだ。」
女子児童
「私も似てるかも。」

ナレーター
「他の学年の虫歯地図との比較もしました。」

(1年生は、乳歯の奥歯が赤と青半々で余白が見えない。六歳臼歯には余白があるものの、赤シールが多い。)

女子児童
「1年生はまだ乳歯の奥歯を治してない子がいる。」
男子児童
「オレ、1年生のとき、どんなだったかな?」
男子児童
「歯医者行きまくってて、よくわかんない。」

(6年生は、六歳臼歯がほとんど青シールで埋めつくされ、合い間にポツポツと赤シールが散見される。小臼歯や十二歳臼歯、永久歯の前歯に赤シールが見受けられる。)

男子児童
「6年生すげえ。ちゃんと治してる。」
女子児童
「前歯の虫歯、私だけじゃないんだ。」

(単独のインタビュー映像に切り替わる。)
養護教諭
「一番の目的は子ども達に自覚を持たせることです。虫歯があると言われたけれど、いっぱい治療されて、痛かったのは覚えてるけれど、どこをどんなふうに治療してもらったか、把握できていない子が多いんですね。」

ナレーター
「虫歯にならないようにする試みも、同時に始まっています。こちらは1年生たちです。」

(廊下に「3分いないに3みがく!」のスローガンが掲げられている。スローガンの下には、児童たち1人ひとりの歯の絵が貼られている。)

ナレーター
「生活科の時間に、児童たちは自分の歯を観察して、塗り絵を完成させました。虫歯や治療した歯が、それぞれ表現されています。」

(大きな歯列の絵の中に、虫歯の黒や茶色、かぶせ物の銀色が表現されている。それぞれの塗り絵の下に、児童の名前が貼られているが、健全な白い歯だけの歯列の持ち主は見受けられない。)

ナレーター
「こうした活動を通じて、児童たちの関心も高まってきました。給食後は、片付けを開始する前に3分間の歯みがきを行います。」

女子児童
(歯ブラシを手にしたまま、カメラに向かって銀クラウンの目立つ口を開けて見せて、六歳臼歯の大きな仮封材を指差す。)
「ここ、治してるとこ、今日でおしまいなの。反対も治すの。」
(反対側の茶色い穴のあいた虫歯を指差して見せる。)
「さわると痛いけど、もう虫歯になりたくないから、歯みがきする」(左右の銀歯を光らせてニコッと笑う。)

ナレーター
「来年の4月に実施される歯科検診では、虫歯が減少するのではないかと、養護教諭らは期待しています。」

【スタジオに戻る】
男性キャスター
「最後の女の子の笑顔が良かったですね。健康な歯、県内に広がるといいですね。」

女性キャスター
「一緒に虫歯ゼロ達成、目指しましょう!」
11:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/02/21 (Wed) 22:04:57

取材記録7(歯科医師 F県K市開業)
里見 智子 36歳 さとみ歯科クリニック副院長

新聞社に直接連絡するなんて、私、大それたことをしてしまって。主人にも叱られました。こんな田舎のクリニックまで来ていただいて、すみません。
中原くるみさんの記者会見を見て、強いショックを受けたんです。普段診療している子どもたちの未来を見ているように思えてしまって。中原さんのことは、一部のメディアからセンセーショナルに面白おかしく報道されてしまっていますが、ぜひ、この地域の子ども達の歯の状態について、お話を聞いていただきたいと思ったんです。
私は直接存じ上げないのですが、中原さん、こちらのご出身の方なんですよね?高校までこちらで過ごして、W大学に進まれたと。それはもう、東京とかの都市部で生まれ育った同級生たちの歯とご自分とを比べて、相当悩まれたと思います。若い女の子ですしね。それで、美容歯科を標榜するクリニックに救いを求めてしまったのではないでしょうか。気の毒だったと思いますね、かわいそうに。

夫と私とで、こちらに開業してちょうど2年になります。夫は口腔外科出身で、私が小児の担当です。特にこの地に地縁、血縁があるわけではなく、いわゆる落下傘開業ですね。歯科医師数はすでに過剰ですし、私達は2人とも医師や歯科医師の家庭で育ったわけではないので、都市圏の過当競争を避けてここに落ち着いたという形です。
住居はK市の中心部に構えています。生活の利便性を考慮したというのもありますが、やはり田舎は人間関係が濃いので、どこに行っても患者さんに会う生活は精神的にきついと判断して、毎日片道1時間かけて車通勤することを選択しました。通勤時間は長いですが、この選択は正解だったと思います。訪問診療などをしているドクターは、もっと長距離のドライブをこなしていますしね。
ここは市町村合併を経てK市に吸収されるまではD村だったエリアですが、子宝の村として、メディアに取り上げられていたので、ご存知の方も多いかと思います。周辺地域で急速に過疎が進む中、非常に良い人口バランスを維持しているのは、合併後10年が経過した今も変わりありません。その理由には諸説あるようなんですが、3世帯、4世帯同居が当たり前で、大家族主義なんですね。
ただ、子どもの歯の健康については、祖父母世帯との同居がマイナスに作用してしまうことが、統計データから判明しています。核家族世帯の子どもよりも、虫歯率が高く、虫歯の本数も多いんですね。おじいちゃん、おばあちゃんが、孫にお菓子などをついついあげてしまったりすることが、原因のひとつと考えられています。
それでも、こういった点を差し引いても、この地域の子どもの虫歯は異常です。開業の際、どういった年齢層の患者さんがどのくらい来院されるか、ある程度リサーチをするのですが、ここまで子どもの虫歯が多いとは思いませんでした。たしかに、K市自体も全国平均から見れば虫歯が多いのですが、この旧D村単体のデータがなかったので、これほどとは思っていなかったのです。
歯の健康に対する意識が今ひとつなのと、おそらくは食習慣にも問題があるのではないでしょうか。具体的に原因を突き止めたいと考えていますので、虫歯で来院したお子さんの親御さんにアンケートを実施して、集計しているところです。
本当に驚いたのは、都市部から来た山村留学の子も、こちらで数か月も過ごせばすっかり虫歯だらけになってしまうことですね。先日も東京から来た子を治療しました。虫歯になりやすい六歳臼歯の溝の部分に、シーラントという予防処置がされていて、親御さんの歯への関心の高さが伺えたのですが、永久歯の前歯が3本も虫歯になっていました。生えたての永久歯はやわらかいので、進行が早いんです。それと、小さな穴に見えても、中で虫歯が大きく進んでいることが多いんですね。
本人はすごく素直な子で、泣きながらも治療を頑張ってくれたのですが、まだ生えて数年しか経っていない歯を大きく削るのは胸が痛みます。3本とも神経近くまで虫歯が進んでいましたが、何とか白い樹脂を詰めることができました。
まだ奥歯に虫歯が多数あるので、治療を続けていますが、山村留学の里親さんは呑気なんですよね。せっかくシーラントした六歳臼歯も、歯間から虫歯になっていました。留学期間を終えてお戻ししたとき、東京の親御さんは、どのように感じるのでしょうか。

子どものうちは虫歯だらけが当たり前、中年期には歯周病で苦しんで当たり前、老人になったら入れ歯になるのが当たり前。
この当たり前を変える意識改革が必要ですが、子ども達のことを考えたら、地域全体の意識が変わるのなんて待っていられません。まずは私が園医をつとめる保育園から、フッ素洗口を導入しようと考えたんです。すでにいくつかの地域では大幅に子どもの虫歯を減らすことに成功していますから。でも、地元の婦人会長ら有力者から妨害を受けて、難航しています。よそ者が何らかのアクションを起こすことが気に入らないのでしょうね。それに便乗して、保育士たちまで、人体実験だと言って反対するようになってしまって。
良かれと思って提案したことを、このように悪しざまに言われるのは本当に辛いです。フッ素反対派の方達は、この地域の子ども達の虫歯の現状をどのように捉えているのでしょうか?他の地域が、予防教育やフッ素洗口の導入で着々と子どもの虫歯を減らしたのに、こちらは虫歯の洪水と言われた昭和の時代から、何十年も時間が止まったままのようです。
今日も虫歯だらけの子ども達を何人も診療しました。最年少は3歳の女の子です。通常、低年齢の子どもの場合は、歯科に慣れるトレーニングをしながら治療を進めていくものですが、歯の形が崩れるように欠けて、根の先に膿の袋ができていましたので、トレーニングの猶予はなく、泣き叫ぶ子どもを診療台に固定して、初診から大掛かりな治療を開始しました。今日なんとか、クラウン、いわゆる銀冠ですね、をはめることができましたが、経過次第では自然な生え替わりの前に抜歯が必要になるかもしれません。他にもまだまだ重症の虫歯がありますから、3歳にして奥歯すべてに銀冠を被せることになる見通しです。
子どもの大きな虫歯に被せる銀冠、あれは大人みたいに型取りするものではなく、既製品なのですけれど、今月3回目の発注をしたところです。在庫が追いつかなくて。
この頃は、まるで賽の河原を積み上げているような気分になることが多くて、徒労感で全身がだるく、眠れなくなってきてしまいました。
12:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/02/21 (Wed) 22:15:46

取材記録8(旧D村婦人会長)
堀田 キク代 75歳 書道教室主催 郷土史家

こちらの地方にはね、とっても可愛らしい虫歯のわらべ唄があるんです。文部省唱歌などを作詞なさった森 大善先生が、当地を訪れた際に作られたのですよ。
こちらがね、先生の直筆によるもので、郷土資料館の宝です。教育系の学生さんらが見学にいらっしゃることもあります。
可愛らしいでしょう?森先生の歌は文語体のイメージが皆さんおありになるものですから、意外だとおっしゃいますね。大正デモクラシー期の貴重な資料です。

虫食い歯
虫ン子、虫ン子、顔出した
太郎の歯から、顔出した
羽が生えたら飛んでった
泣いてた太郎はにっこにこ
あとに残った歯のウロに
次に住まうは誰じゃろな

聴いてみます?ちょっと待ってくださいね。今の子たちもね、このわらべ唄で遊ぶんですよ。かごめかごめと同じなんです。誰じゃろな、で当たった子が今度は真ん中に入ります。
えーと、あったあった、地元の児童合唱団が歌った、わらべ唄メドレーの音源です。ここからかな?

むーしくーいば、
むっしんこ、むっしんこ、かーおだーしたっ
たろうの はーから、かーおだーしたっ
はねーが はーえたーら、とんでった
なーいてーた たろうは にっこにこ
あとーにのこった はーのうーろに
つぎーにすーまうは、だーれじゃーろな

どうです?
もし興味がおありなら、虫ン子様のお社に行かれてはどうかしら?虫歯の穴に住んでいる虫、というのか、一種の精霊を祀った神社なんです。全国的にも珍しいと言われてまして、県の重要文化財です。
正式には久地場神社といって、地図にもそう載っています。久しいに、地面の地、場所の場で、くちば、です。もとは朽ちる歯と書く「朽ち歯」の字が当てられていたと言われてまして、読んで字のごとく、虫歯のお社です。私たち地元の者は、お社のことを虫ン子様と呼んでおります。
虫ン子という精霊はいたずら者で、人間が気づかないうちに歯に穴をあけて、その中で暮らすんです。虫ン子が歯の中で成長して、活動し始めると、人間は痛くてたまらなくなりますから、虫ン子様にお参りして、お社のご神木にお移りくださいと、お願いするんです。森先生は、先ほどのわらべ唄の中に、当地の風俗を取り込まれたのですよ。

ちょっとややこしいんですが、単に虫ン子というと虫歯の精霊のことで、虫ン子様というとお社を指すんですね。それとね、ここらでは、虫歯のある子どものことを「虫ン子ちゃん」と呼ぶんです。かわいい呼び方でしょう?まあ、子どもは虫歯があるのが普通ですから、みんな虫ン子ちゃんなのですけれどね。
歯が痛くなった虫ン子ちゃんをよしよしする歌もあるんです。私の母も歌ってくれました。「虫ン子、虫ン子、もう泣くな、明日は晴れだで、もう泣くな」って。
でも、今の親はもう歌いませんね。乳歯の虫歯くらいでも、せっせと歯医者に連れていくでしょう?銀歯をはめれば安心だと、すっかり他人まかせになってしまいました。もっと親子でコミュニケーションを取ればいいのにと、思いますけれどねぇ。

ええ、そうですよ、コミュニケーション。うちの子なんて、息子も娘ももういい大人ですけど、息子が2歳のときに初めて歯医者に連れていったら、ちっちゃな歯をまあ、凄まじい音で削ること、削ること。まるで道路工事のようでした。動けないようにと、魚みたいに網に入れられて、治療の椅子に縛られて、口も閉じれないように変なのをはめられて。人間的な温もりがひとっつもないの。当然泣き叫びますよ。見てられなくて、治療の途中で連れ帰ったんです。
それからは、二人とも乳歯の虫歯くらいではもう歯医者にはやらないことに決めて、歯が痛みだした時には、夜中だろうと明け方だろうとしっかり寄り添ってあげたんです。虫歯の穴に天然のチョウジ油を含ませた脱脂綿を詰めてあげて、よしよしってね。歯茎が腫れたら茄子の黒焼きの粉をすり込んで、ほっぺたが膨れたときは大根のすりおろしで湿布してあげました。
でもね、そういう生活の知恵は伝承されなくなりました。子どもが泣いて嫌がっていても、問答無用で歯医者に引っ張っていく母親が増えましたね。自分の指で子どもの虫歯の穴に触れたことすらないんじゃないかしら。真っ赤な顔で泣きながら歯医者から帰ってくる子なんて、気の毒ですよ。

息子も娘も、今は東京に出ています。孫が4人いますが、都会の子は大変でね、何か月かおきに歯医者で薬塗るんですって。何だか虫歯にならないって触れ込みの、人工的な化学薬品みたいなのを塗られてるんですよ。もう、そんな実験台みたいなの、やめなさいって言ってるんですけどね。中原さんちのお嬢さんみたいな事件もあったんだし。でもね、自分たちが虫歯で苦労したからって、言うこと聞かないのよ。
いちばん上のお姉ちゃんなんか、歯という歯に銀色の大きな粒をくっつけてられて、その粒がぜーんぶ針金で繋がってるの。上の歯も下の歯も。久しぶりに会って腰を抜かしそうになりましたよ。笑うとギンギラなんだもの。女の子なのに、かわいそうに。
ここらの子でそんな子はいませんよ。都会では流行ってるんですか?歯並びを整えるんですってねぇ、まあ。
歯並びなんて、自然なままでいいのにね。子どもの自然な育ちが阻害される、嫌な時代になりましたねぇ。孫が心配です。

それとね、自然といえば、あなた、保育園の新しい園医がね、都会から来た歯医者なんだけども、保育園の子に変な薬飲ませようとしてるんですよ、おっかない、おっかない。虫歯にならない薬だなんて、嘘ばっかり。
そんなことしたら、自分が儲からなくなるに決まってますから。絶対何かのたくらみがあるんでしょうね。考えたくはないけれど、人体実験とか、何かそういうものを連想しますでしょう?
それに、若いお母さんを対象に、虫歯予防教室なんてものを公民館で開いちゃって。自分のところに患者さんを集めたいのかしらね。公民館って公のものでしょう?個人の利益追求のために利用するなんてありえないと、市に申し立てをしたんです。
今はK市ですけど、ここは元D村、子宝の村なんだから。子どもたちが変なことされないように、地域の力で守らなくてはね。

13:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/02/21 (Wed) 22:41:30

取材記録9(原告代表の幼馴染)
藤野 愛梨沙 23歳 K市立D保育園 もも組担任

郷土資料館の堀田のおばあちゃんから、昨日、記者さんが来たって聞いたんです。堀田のおばあちゃんに見せてもらった名刺に、携帯の電話番号があったから、思わず電話かけてしまったんです。迷惑だったかなって、昨日の夜ずっと考えちゃって。
わざわざ園まで来ていただいて、ありがとうございます。私の話、聞いてもらえますか?
私、くるみとは小学校から一緒だったんです。高校まで、ずうっと。うちの高校からW大なんて、奇跡なんです。商業科だし。
くるみはリーダーシップがあって、合唱部でもパートリーダーをやっていたし、崩壊寸前のチームを立て直して、ビジネスコンテストでも優勝したし、それに成績も良かったし。
W大に進学したときは、地元のみんなの分も頑張ってもらいたいと思ってたのに。許せないですよ。きっといろいろ焚きつけられたんですよ。口のうまい東京の歯医者が、くるみを騙したんです。きっとそうですよ。

うちの保育園でも、都会から来た歯医者が問題を起こしてるんです。ずっと園医をつとめてくれたおじいちゃん先生が引退して医院をたたんだので、今年から代わりに都会育ちの女医が園医になったんです。
おじいちゃん先生の頃は、歯科検診のときに、「おーお、立派な虫歯だな、どら、痛くないか?」とか「こりゃあ、こっちの虫歯も大したもんだ」とか言って、子ども達をリラックスさせてくれたんです。どの子も大きなお口をあーんして、泣きだす子なんていませんでした。治療が済んでいて銀歯がある子には、「銀歯は英語で王様の冠って意味なんだぞ。王様の歯が輝いてるのは、頑張った子の勲章だ!」って、いっぱい褒めて、他の子の治療のモチベーションも上げてくれていました。英語云々は、本当かどうかわかりませんけど。
おかげで私達も、歯科検診後に「王様の歯を目指そう!」をスローガンにして治療の勧告をスムーズに進めることができました。歯医者に連れていこうと、早めにお迎えに来たお母さんから泣いて逃げ回っていた子も、銀歯が入ると、王様の歯になったよって、笑って報告してくれたんです。ちっちゃなお口を大きく開けて、得意そうな顔して。だから、キラキラがいっぱいだねって褒めてあげてました。私もちっちゃい頃から虫歯で歯医者通いしてたんで、どれだけ頑張って治したかわかりますから。
こんなふうに低年齢の頃から、検診で見つかった虫歯をきちんと治療する良いサイクルが回っていたので、年長になる頃には、どの子もきちんと銀歯がはめられて、虫歯のない健康な歯になっていくんです。うちの子たちが進学する小学校の養護の先生からも、D保育園出身の子はきちんと銀歯にしてるから、安心できますって言われてるくらいですから。こちらの小学校に赴任してきた最初の年に、うちの園出身の子たちがちゃんと六歳臼歯まで銀歯にしているのを知って、驚かれたそうです。
おじいちゃん先生は小児歯科が専門で、この地域の子どもが必ず通う歯医者だったんです。私も子どもの頃に治療してもらいましたし、たぶんくるみもそうじゃないかな?子どもが泣いても怒らないし、グズっている子も手際よく治療してくれるから、夏休み中なんかは、検診で虫歯のお手紙をもらった子どもで溢れかえっていました。でも、私が中学生のときに大病されて、それ以降、診療日をだいぶ減らしたんです。うちには年の離れた妹がいたので、母が慌てていたのを憶えています。
それでも、ご自分の体調がどんなに悪いときでも、先生はうちの園医をずっと継続してくれたんです。それから、地域の歯科医師会では、他の先生たちに子どもの診療のノウハウを伝える活動をされていたそうです。ご自分がいなくなった後も、子ども達が安心して歯の治療を受けられるように、と。ここ数年、ご自分の医院では、他のところでは対応が難しい子、たとえば、1、2歳で虫歯ができてしまった子や障害のある子に限定して、診療をされていました。
先生、去年まで、うちの園の歯科検診をとても楽しみにされてたんですよ。園庭で元気に遊びまわる子ども達を見て、幸せそうに目を細めていた姿が、すごく印象に残っています。歯科検診を終えると、子ども達一人ひとりの健康カードに目を通して、前の年に虫歯と診断した歯が治療済みになっていることを確認していました。
今年の3月、奥様と一緒に卒園式に出席された後、息子さん夫婦の暮らすS市に越されていきましたが、後日、子ども達が治療した歯を見せて笑って巣立っていく姿を見られて幸せだったと、これからも子ども達のために歯の治療勧告を積極的に進めてくださいと、丁寧な手紙をくださったんです。
ところが、4月に園医に就任したあの女医は、おじいちゃん先生と全く真逆なんです。得意満面で治療した歯を見せる子どもには無反応で、年長組の検診を終えて早々、眉間に皺を寄せておっかない顔して、園長のところへやって来ました。ここの子たちは一体どれだけ治療してるのか、どの子も治療済みの歯だらけだって、不機嫌そうに言ったんですよ。
「治療済みの歯がダメだと言うなら、じゃあ虫歯のままなら良いのですか」と園長が言うと、予防歯科がどうとか、テレビのコマーシャルみたいなこと言って怒りだしちゃって。
ま、子どもが自分のところに治療に来ていないから、不満だったんでしょうけど。どこの歯医者に通おうと、子ども達がきちんと治療を受けていることに喜びを見出していたおじいちゃん先生とは、えらい違いですよ。
おまけに、六歳臼歯が虫歯になっている子が多いって、治療していない歯についても文句を言っていました。虫歯を見つけるのが園医の仕事でしょう?まあ、そうですよね、自分がせっかく虫歯を見つけても、自分のところに治療に来てもらえないから、悔しいんでしょう。歯の溝をプラスチックで埋めたらいいとか、なんとか、負け惜しみ言ってましたけど。
それに、そう、この間なんて、公民館で勝手に親子教室なんて開いてたんですよ。虫歯にならないように歯をこする糸とか、紹介してたそうです。興味がある人はうちの医院で買ってくださいって。糸で歯をこすったら虫歯にならないなんて、バッカじゃないのって感じです。
ちゃんと歯磨きしてても、虫歯になる子はなるのに。でも、都会の薬局では当たり前に売ってるって。気になったので、東京でフリーターやってる友達に聞いたら、そんな糸なんて知らないって言ってました。嘘バレバレですよ。地元の歯医者から患者を取ろうとしてるの、丸わかりですよね。
だいたい虫歯が減ったら困るのは歯医者じゃないですか。本当は何かたくらんでるはずですよ、私だってわかりますもん。油断できないですよ。子どもの虫歯で儲けているくせに、虫歯を減らしたいなんて、超矛盾してるじゃないですか。
私は断固としてこの保育園に通う子ども達を守ろうと思います。絶対に、くるみの二の舞にはさせません。

ん?花凛ちゃん、どうしたの?先生、お客さんとお話ししてるんだよ。ん?花凛ちゃんもお客さんとお話ししたいの?
あーりゃりゃ、虫ン子さんにいっぱい歯をかじられちゃったね。
銀歯さんは、かばさんのお口で我慢した強い子の証拠だよ。
ほらほら、虫歯の穴に指入れちゃうと、虫ン子さん、怒っちゃうぞ。痛い痛いされちゃうから、やめようね。歯医者さん行くまで、そっとしとこう。
そうかぁ、虫ン子様に行ったんだ。先生もねぇ、子どものとき虫歯ズキンコしたら、おばあちゃんと行ったんだよー。
でも、そうだよね、歯医者さんも頑張らないとね。

じゃあ、先生と練習しよっか?
先生のお膝にごろんしてね。ありさ先生、今から歯医者さんでーす。
はい、花凛ちゃん、先生みたいにあーんしてください。うーん、虫歯がありますねぇ。いっぱい悪さをされちゃってるから、治療を始めましょう。
かばさんのお口のまま頑張りましょうね、いきますよぉ。キィィーン、キィィーン、悪いのをやっつけてますよー、上手、上手。
そのままあーん、ウィンウィン、ウィンウィン、キュイィィーン。
まだ悪いのが残っているから、やっつけますよぉ、キュイィィーン、キュインキュイン、キュイィィーーン。
さあ、最後のひと頑張りだ、ウィンウィン、ウィンウィン、キュイィィーン。キュイィィーン、キュインキュイン、キュイィィーーン。シュシュシュシュ、ゴゴゴ。
はーい、次はコリコリやりまーす。コリコリ、コリコリ、ゴリゴリ、ゴリゴリ。
はい、きれいになりましたぁ。お口ぶくぶくしてくださーい。ぶくぶくが終わったら、きれいになった歯を見せてくださーい。
あーん。お薬詰めて、トントントン。それでは、頑張った子のごほうびに、お姫様のきらきら銀歯をつけましょう。今度来るときはお隣の虫歯を治しましょうね。はい、おしまい。
大丈夫だったでしょ?本番の歯医者さんでも、練習のとおりにあーんすれば、大丈夫だからね。
花凛ちゃんも、先生みたいに、銀歯さんいっぱいになれるかな?
14:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/02/21 (Wed) 22:42:59

取材記録9(補足)
山岸 花凛 3歳 K市立D保育園 もも組 園児

何のおはなし?虫歯のおはなし?
かりんも入れてー。かりんね、いーっぱい虫歯あるんだよ!おはなししてあげる。

え、ほんと?かりんの虫歯、見たい?
すっごくおっきいんだって。はいしゃさんが言ってたの。
じゃあねぇ、かばさんのお口してあげる。
あーー。

見えた?虫歯、見えた?
それとね、ここ、ここ、銀歯さんなの。見て見て、きらきらでしょ!

虫歯なおすと、きらきら銀歯さんになれるんだよ。でもね、はいしゃさん、痛くするから、だいっきらいなの。
うん、かりん、泣いたもん。あみでミノムシさんになって、おちゅうしゃ見たら泣いちゃったの。ちゅうしゃしてね、ひこうきさんキーンしたんだよ。とっても痛いの。

えへへ、えらい?
かりん、がんばったんだよ。うふふ、だからね、きらきら銀歯さんなの!きれいでしょ、おひめさまの歯なんだよ!

ここね、前まではねぇ、ごはんのとき痛かったけどね、でもね、むしんこさま行ったから、痛くなくなったの。

うん、よるズキンコして、かりんが泣いたから、おじいちゃんと行ったの。
しってる?むしんこさま。
暗くてこわかったけどね、ごしんぼくに、おっきくお口あーんしたの。おじいちゃんが、かりんのことだっこして、虫歯のむしんこ、とんでけーとんでけー、してくれたんだよ。

だからね、もうだいじょうぶなの。ほらね、さわっても痛くないの!すごいでしょ!
だからね、もう、はいしゃさん、行きたくないの。いやなの、だいっきらいなの。痛いんだもん。行きたくないの。

うん、ありさ先生とれんしゅうする!
かりん、ごろんするね。ありさ先生、かりんの虫歯をなおしてくださーい。
うわぁ、先生の銀歯さん、きらきら、きれーい!いいなぁ。

かりんもお口あけまーす、あーー。

ふう、だいじょぶだった。でもね、ひこうきさんのおと、ほんものみたいでドキドキしちゃった。先生、まねするの、じょうずなんだもん。
これでほんとに虫歯がなおったら、いいのにな。ありさ先生がはいしゃさんだったら、いいのにな。
15:ピカチュウウミウシ :

2018/02/25 (Sun) 00:49:10

初めまして。
これまでに読んだことがないような斬新なシナリオで、引き込まれてしまいました...
これからも続きを楽しみにしていますので、無理のない範囲で続けてくださると嬉しいです。

こめっこ、虫歯になりそうだけど一度飲んでみたいなぁ。
16:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/02/25 (Sun) 21:09:45

ありがとうございます。
当初は10回完結くらいの予定でしたが、書いているうちに、どんどん構想が湧いてきて、収まりがつかなくなってしまいました。まだまだ複雑に展開していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
以前にも書いた、地方の歯科医師会主催の作文コンクールですが、鹿沼市歯科医師会のものがお薦めです。平成13年度最優秀賞の女子中学生が「私の歯は隅から隅まで治療の痕だらけ」「何度も痛い思いをしてきた」「歯医者に行くのは憂鬱」と書いています。
そんな彼女も今年31歳。再治療等を経て、銀クラウンを光らせて微笑むお母さんになっていたりするのでしょうか。
また、前年度に「もう虫歯にならないように心掛け」たはずの男子中学生が翌年、「治療したのにまた虫歯になってしまった」作文で再び入賞を果たしていたりします。。いいのか、鹿沼市歯科医師会??
次の更新まで時間がかかりそうなので、小中学生の生の声でしばらくお楽しみいただければと思います。
17:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/04/04 (Wed) 21:20:38

若手記者の情熱1

有名私大に在学中の20代女性が実名で登場し、わずかに下の前歯1本だけが残った口元を見せたこともあり、中原くるみの記者会見は大きな反響を呼んだ。特に海外メディアの注目度は高く、東京に出てくるまで正当な矯正治療の存在を知らなかったとの発言に、欧米のクオリティペーパーはこぞって、世界に冠たる皆保険制度を有する日本の医療格差問題として大きく取り上げた。
一方、国内では、錚々たるキャリア女性らを輩出してきたW大の女子学生が、歯の治療費を稼ぐために、コンパニオンとはいえ水商売のアルバイトを行っていたことが面白おかしく報道され、医療過誤事件というよりも、商業などの職業高校の出身者に門戸を開いた推薦入試に対して批判が集まる展開となっていた。
ある程度予想していたとはいえ、欧米紙にざっと目を通した後に、日本のネットニュースを確認した奈緒は、コメント欄に並んだ言葉を見て深くため息をついた。
「W大にチート入学した歯無しブス女」「頭悪そうと思ったら、商業高校かよ」「矯正知らないってどんなド底辺なんだ、この女」「田舎育ちでバカな歯糞女が南青山に来たのか」「この歯抜けはW大の顔に泥塗ったな」「欲を出して、実力もないのに田舎から出てきてW大なんか入るからだよな。都会の中高一貫出身とか育ちの良い奴らとの差に焦ったんだろ」「ほんとそれ。このバカブス女、底辺に生まれたんだから底辺の泥沼で生きてればよかったのに」

今、奈緒が入り口に立っている「ブリリアント・キュア・ホワイト表参道」の系列院である「ブライト・ティース・デンタル南青山」で、20歳の終わりにさしかかった中原くるみは、コンパニオンのアルバイトで貯めた500万円すべてをはたいて、審美歯科治療を受けたのだ。両院とも、勤務実態は不明であるが、アメリカの審美歯科学会の評議員であるという岡逸郎氏が院長を務めている。
時間をかけて信頼関係を築いた結果、中原くるみは重い口を開いて、ポツリポツリと歯科治療の遍歴を語ってくれたが、「ブライト・ティース・デンタル南青山」での治療内容が今ひとつ掴めていない。また、大学入学以降のことを話すのは辛いから、また今度と、はぐらかされたままになっている。奈緒はまだ、田舎の歯医者で受けた治療内容しか聞き出せていないのだ。
大学病院での壮絶な再治療の内容については、両親と双子の弟が涙ながらに取材に応じてくれた。壊死した顎の骨を取り出して、腰骨の一部を代わりに移植する手術を受けたほどだから、相当に粗雑な治療をされたことだけは確かであるが、中原くるみ本人の口ぶりからすると、どうやら審美治療が完了した直後の満足度は高かったようだ。
「ブライト・ティース・デンタル南青山」のホームページは中原くるみの記者会見後に閉鎖されたが、それまでは、院長の岡逸郎氏が開発した最先端のブライト・ティース・テクニックにより、どんな虫歯や歯周病、歯並びであっても、3回の集中治療で美しくととのった白い歯に生まれ変わると謳っていた。
2ヶ月前に開院したここ、「ブリリアント・キュア・ホワイト表参道」の方は、岡逸郎博士が生み出した渾身の先端技術を患者様にご提供する、ということになっており、スタイリッシュなオフィスビルの高層階ワンフロアを独占している。エレベーターから降りて、ダークブラウンを基調としたクリニックを外から見たところ、どうやらこちらは平常どおりに診療していそうである。
両院とも、雰囲気や診療方針はさほど変わらないだろうと、こちらを予約したのは正解だった。記者会見前に奈緒が予想したとおり、会見後には取材陣が殺到したため、「ブライト・ティース・デンタル南青山」は、1週間前から診療を休止している。今日になって、休業補償を申し立てる書面が弁護士名でマスコミ各社に送付されてくるなど、混乱が続いている。

当初、自分が患者として潜入したいという奈緒の申し出に、奈緒と同じ名前の娘を持つデスクは難色を示した。虫歯の治療を完了したばかりだし、20代女性で銀歯だらけなのも好都合だと説得にかかったが、あんなところには行かせられないよの一点張りで、突っぱねられたのだ。
「お前は原告に直接会ってその姿を見たんだろう?取材に関しても、匿名を条件にしていた頃から信頼関係を作ってきて、女の子同士だからこそ話してもらえるようなことだって、いろいろ聞いたんだろ?」と諭されると、父親に心配されている娘のような気分になって、居心地が悪くなってしまう。
やっとのことでデスクを説得することに成功した奈緒は、会社員の「倉本 万奈」として、カウンセリングという名の初診を申し込んだ。倉本は母の旧姓であり、万奈は名付けのときに最終候補に残った名前だと親から聞いている。
カウンセリング・フィーという名目の3万円プラス消費税の初診料は、取材費として計上できるように、デスクが取り計らってくれた。ついでに、危険手当も支給されるよう掛け合ってくれたらしいが、こちらは却下された。
「松田、申し訳ない」と、空手五段の立派な体躯を折り曲げて深く頭を下げ、「歯医者ってのは何してくるか、わからんからな。何かあったら、すぐに逃げ出すんだぞ」としつこいほど念を押すデスクの姿が、奈緒はおかしかった。暴力団関係の取材経験が豊富な猛者であるのだが、実は神戸支社時代に、突然の歯痛で駆け込んだ歯医者から逃げ出した前科がある。
長いこと削られた歯の奥深くに、まち針のような器具がグリグリと差し込まれた途端、歯科医を押しのけるように起き上がって逃げ出したのだという。治療する歯だけが出るように口全体をカバーした緑色のマスクと、ピンクの紙エプロンをつけたまま、歯医者の受付に5千円を置いて走り去り、不審者として取り押さえようとした警備員数名を突き飛ばして支社の入り口を突破したらしい。
歯に突き刺さったままの器具を雄叫びをあげて力ずくで引き抜いた後は、もう二度と歯医者には行きたくないと言い張ったため、翌日部下が保険証を受け取りに行ったという。口をこじ開けるためにはめたプラスチックの器具と、緑色のマスクを留めていた金具のクリップ等を返すよう、歯医者に強い口調で催促されたため、ゴミ箱を漁るしかないと部下たちは覚悟を決めたが、なんとか弁償で済ませたそうだ。
治療途中の歯をその後どうしたのかは知らないが、今日もデスクの机の上には、正露丸と今治水が仲良く並んでいる。

そんな歯医者嫌いのデスクのみならず、周囲の心配を押し切ってここまできた奈緒だが、やっぱり、歯医者は怖い。ましてや、集団訴訟を起こされているようなクリニックである。
この「ブリリアント・キュア・ホワイト表参道」に通う患者として違和感を持たれないよう、若い女性に人気の小ぶりのブランドバッグを肩からさげているが、いつものずっしりと重いビジネスバッグに比べるとあまりにも軽く、心もとない気分になってくる。引き返すなら、今だ。
中原くるみの口元が脳裏をよぎる。記者として奮いたつ思いが、こみ上げてくる恐怖心に負けそうになる。
奈緒はかぶりを振った。
ジャーナリストに憧れた学生時代から、ペンの力で、社会問題を世に問う記事を書きたいと願い続けてきたのではないか。そのため高い競争倍率を勝ち抜き、厳しい下積みにも耐えてきたのではないか。今がそのチャンスだ。
覚悟を決め、奈緒は首に巻いたエルメスのスカーフにそっと手をやった。紐を通したボイスレコーダーをチョーカーのように首元に取り付け、その上にスカーフをふんわりと巻いて隠しているのだ。不自然に見えないよう、スカーフの巻き方には工夫を重ねた。ボイスレコーダーが適切に音声をキャッチできるかどうかも、事前に確認済みである。
スイッチ、オン。
奈緒は覚悟を決めて扉を開いた。
18:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/04/05 (Thu) 00:30:23

若手記者の情熱2

重厚な扉を開いた途端、ふわりと香るアロマに奈緒の肩の力が少し抜けた。この香りは何だろう。リラックス系のブレンドのようだが、とてもほっとする香りだ。モーツァルトのピアノ曲が静かに流れている。
内装も外観と同じくダークブラウンをベースにしており、高級ホテルのフロントとしても通用しそうだ。受付の女性は空港のスタッフのようなユニフォームを着用し、髪は夜会巻き風のアップスタイルで後れ毛ひとつなくすっきりとまとめ上げ、医療機関の従業員としては濃いめのメイクをしている。奈緒は、午後2時に予約の倉本万奈であると告げた。
「倉本万奈様でございますね。ようこそ、当院のカウンセリングにおいでくださいました。どうぞお掛けになってお待ちくださいませ」
ダークブラウンの革張りのソファに腰掛け、シックな院内を見回していると、先ほどの受付の女性が木製のトレーを持ってあらわれた。
「ウェルカムティーでございます。本日はジャスミンでございます。歯に沁みますといけませんので、ぬるめの温度にさせていただいております。御容赦くださいませ」
女性のきれいに整えられた爪には、ベージュのネイルが施されている。
ラベンダーの香りが立ちのぼる温かいおりぼりで手を拭いた後、ぬるめのジャスミンティーを口に含んだ奈緒は、虫歯が次々にできて治療が追いつかずにいた頃、あちこちの歯に冷たいものや温かいものが沁みて辟易したことを思い出した。このぬるさは確かに、歯が悪い患者にとっての適温である。
防音になっているのか、ドリルやバキュームの音は聞こえてこない。ホームページによると、治療は完全個室で行うほか、初診専用のカウンセリングルームと、治療後にくつろぐためのリラックスルームとが完備されているらしい。
お茶を飲み終えたところに、ダークブラウンのボードを携えて再び女性が戻ってきた。
「倉本様、お手数ではございますが、こちらの問診票にご記入くださいませ」
氏名欄は倉本万奈 、年齢は27歳。ペンはインクの伸びが良く、上質な紙の上をさらさらとすべる。
「ちょっと前に虫歯を全部治したら、銀歯だらけになって悲しいです。白い歯にするには、いくらぐらいかかるか知りたいと思います。」
若干右肩上がりの丸文字になるように意識して、事前に準備したたどたどしい文章を書いた。文章を書く訓練を受けた者と悟られてはならない。
女性が問診票の回収に来た。
「当院ではカウンセリング・フィーは先払いとなっております。カードもお使いいただけますが、いかがなさいますか」
現金でお願いします、と奈緒は答える。ここでは倉本 万奈なのだ。松田 奈緒名義のカードは出せない。
奈緒が支払いを終えると、スタッフの女性とともに、治療を終えたらしい大学生くらいの女の子が奥の部屋から出てきた。表参道という場所に似合わず、素朴な印象の子だ。
「全然痛くなくって、寝落ちしてる間にどんどん治してもらえて、ほんと、嬉しいです!」
完全な全身麻酔ではなく、静脈鎮静下でうつらうつらと眠っているうちに完全無痛治療を行うのが、このクリニックの売りである。
「本日は虫歯と歯並びを同時にお治しいたしましたからね。次回、前歯も奥歯も白い被せが入って終了でございます。あっという間でしょう?」
「はい!今日入った仮の歯もきれいだし、すっごく嬉しいです」
中原くるみを知っているだけに、女の子のはずんだ声に奈緒の胸は痛んだ。いつか必ず、今日の治療を後悔する日が来るのだ。

ふと気づくと、ブラウンのスクラブに黒いパンツを合わせた女性が奈緒の傍らに立っていた。
「倉本様、カウンセリングルームまでご案内いたします」
一体どんな部屋なのだろう。女性の後について、豪華なブリザードフラワーで飾られた通路を進む。
「こちらでございます」
女性が奥の部屋の引き戸を開けた。急に明るい部屋に通された奈緒は、間接照明に慣れた目をしばたいた。明るい光の中、高級家具と言っても通用しそうなダークブラウンの治療椅子の傍らで、淡いグレーのスクラブに白いパンツを着用した30代くらいの女医が微笑んでいる。
「倉本様、ようこそおいでくださいました。本日カウンセリングを担当いたします、歯科医師の岡 紗和子と申します」
壁には様々な色合いの木製のタイルがはめ込まれ、部屋の片隅にテーブルと椅子が備えられていることから、室内はカフェのようにすら見える。女医に勧められるまま椅子に座ると、静かに背もたれが倒され始めた。カン、とライトが点灯する。無伴奏チェロ曲が静かに流れているため、それなりに雰囲気は保たれているが、室内がどんなにおしゃれでも、患者として横になって見上げる光景は、いつもと変わらないことに奈緒は気づいた。
椅子がふかふかで寝心地がよいこと以外は、近所の歯医者と全く同じである。診察室をカウンセリングルームと呼んでいようが、部屋のしつらえが整っていようが、歯医者は歯医者なのだ。しかし、いつもの歯医者とは何かが違う。そうだ、隣の患者の歯を削るドリルの音がしないのだ。
虫歯の治療に通いつめていた頃、「あー、痛いですねー、もうちょっと削っていきますよぉ」などの声が、ドリルやバキュームの音とともに隣から聞こえてくる度に、辛いのは自分だけではないと、自らを励ましていたことを奈緒は思い出した。治療内容が筒抜けでプライバシーがない代わり、見知らぬ患者どうし、知らず知らずのうちに、同じ空間で不安や痛みを共有していたのだ。
まな板の鯉は一匹だけ。すぐそばに他の患者がいない状況が、こんなにも緊張を駆り立てるものだったとは。
「まずは、倉本様のお口の中を拝見させていただきます」
ミラーを持った女医の手が口元に近づいてくる。アイメイクをばっちり整えた美しい女医に気後れしながら、奈緒は遠慮がちに口を開けた。
「恐れ入ります、もう少し大きく開けていただけますでしょうか」と言われ、えいや、とばかりに大口を開けると「ご協力いただき、ありがとうございます」と女医は微笑んだ。
「それでは、診察いたしますね。右上から、7番保険のメタルクラウン、6番も保険、あー、大きなメタルアンレーでございますね。5、4と隣接面両サイドにわたる保険メタルインレーで、右上の奥歯はすべて銀色の金属で大きく修復されていらっしゃいます」
これまで通った歯科では、もっと簡便な略号を使っていたように思うが、こんなにも保険の銀歯を強調して患者に聞かせようとするのは、やはり策略なのだろうかと奈緒は訝った。
「これは笑った時など、かなり金属のお色味がはっきりと見えてしまわれますね」
いかにも同情しているような表情を作ってみせる女医に対して、そんなことわかっている、と奈緒は心の中で反発した。
「続きまして、犬歯と前歯を確認してまいります。あー、3番の根元、保険のレジンの着色が目立っていらっしゃいますね、2番は、と」
「お風をかけさせていただきますね」
「お悪くなっていそうな箇所に触れさせていただきます」
言葉の丁寧さとは裏腹に、次の瞬間、女医は力強く素早い手つきで、前歯どうしの歯間部の裏側を3箇所、右側、真ん中、左側と探針で鋭く突いた。
「んぎゃっ」
痛みを予想して身構えるのが遅れた奈緒は、ビクンとのけ反った。
「お痛みがございましたね。大変失礼いたしました」
奈緒が大きく口を開けたまま、顔を歪めて涙目になっているのを見て取ると、鋭いタッチでガリガリと前歯裏に触れるのはやめずに、女医は神妙そうな表情で、微笑みながら付け加えた。
「象牙質までお悪くなっていらっしゃいますと、どうしてもお痛みが出てしまいますので。お許しくださいませね」
「2番から反対側2番までは、新しいカリエス、進行度スィー、トゥーでございますね」
治療を終えたばかりなのに、新たな虫歯ができているのか。治療に通った歯医者では見逃されたのか、それとも新しくできたのか。奈緒は腹立たしいような、泣きたいような気分になる。
「左上3番4番古い保険のレジンで段差、着色、汚れがかなりございまして、5、6、7番保険のメタルアンレーを装着されていらっしゃいます。イーッとしていただけますか。そうですね、こちら側5番6番は特に金属が大きく前にはみ出ていらっしゃいますので、遠目にも治療箇所がわかってしまわれますね」
何と言ってけなされようが、女医の手が前歯から離れたことに、奈緒は心底ほっとする。
「下にまいります、左下7番保険のメタルインレー、6番保険メタルクラウン、うーん、銀色がここまで目立ちますと、うーん、ちょっとお辛いですね。それから、5、4と保険レジン、広範囲に詰めていらっしゃいますね」
「強度的に金属の方がよろしかったかもしれませんが、さすがにこの位置まで銀色ですと、普通にお話しなさる時も、治療痕が周りの方にわかってしまわれますものね?」同意を求めるように、女医は微笑んでみせた。
たしかにこの左奥歯2本は、さすがにここが銀歯になるのは嫌だと、前回の治療時に奈緒が歯科医を押し切った箇所である。歯科医どうし、ある程度診立ては一致するのだと奈緒は感心し、目の奥は笑っていない女医に小さく頷き返した。
女医は満足そうな表情を浮かべて続ける。
「3から3斜線で、そうですね、えー、健全な歯はこちらの6本のみ、でいらっしゃるかしら」
治療箇所が多いことは自覚していたが、数字でリアルな現実を突きつけられると、かなり堪える。奈緒の表情が固まったのを確認して、女医は鋭い表情のまま、とどめを刺すように続けた。
「反対側4、5は保険レジン、6番保険メタルクラウン、7番も保険メタルクラウンですが、ほんの少しだけエナメル質が残存していらっしゃいます」
再び微笑みを浮かべた女医の顔が、泣きそうな表情で大口を開けたままの奈緒を覗き込む。
「お口の中のお写真撮らせていただきますね」
19:押磐ウツケ :

2018/04/05 (Thu) 18:21:14

このシリーズ大好きです♪私も田舎の昭和末期生まれなので、大人になったら銀歯になると思ってたあたりなんか共感できます。治療描写が丁寧で萌え萌えです(#^.^#)

歯が悪いと底辺扱いするというネットの反応描写リアルですよね。こめっこのくだりが美味しそうで、読みながらキビ砂糖入りホットミルクを飲んでいました。そんな私は今日新しいインレーを左下6番に入れてきました。やっぱり見てくれよりもかみ合わせなんかの機能ですよねー。

私も投稿しているのでよかったら見てください。続き本当に楽しみにしております!
20:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/04/05 (Thu) 21:18:59

ありがとうございます。
作品、読ませていただきました。歯医者を恐れる中学生、果たして治療完了なるか、楽しみですね。
6番に新しいインレーを入れられたとのこと、お大事になさってくださいね。

またしてもネット検索のすすめで恐縮ですが、「三輪田学園 虫歯」で検索すると、場所は都心の中高一貫女子校。虫歯の治療率向上に心血を注ぐ養護教諭と、歯医者を恐れて泣き出す女子中高生。年が明けてから虫歯の治療は済ませたけれど、歯科検診後に貰ったお手紙をなくしてしまったから、お口をあーんして保健室の先生に治療箇所を確認してもらう。
まるでこちらのサイトの小説みたいなリアルを楽しむことができますので、ぜひ。

ゆっくりペースの更新ですが、まだまだ続いていきますので、よろしくお願いいたします。
21:ピカチュウウミウシ :

2018/04/06 (Fri) 18:00:45

今回のお話も楽しく読ませて頂きました。
くるみちゃんが受けた治療はクイック矯正かなぁ。
矯正と名が付いてはいるけれど実際は削ってセラミックの歯を被せてしまうんですよね。
短期間で治療が終わることから特に若い人に人気があるようですが、トラブルも多発しているそうで...本当にこういう話がリアルでもありそうだと思いました。

最優秀賞の女子中学生はクラウンで済んでいれば良いけれど、私みたいに抜歯になっているかもしれません^^;
ちなみにその歯は左上6番なのですが、ブリッジにすると5番も銀色になってしまうので...良くないとは知りつつもそのまま放置していますよ(汗)
22:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/04/06 (Fri) 20:14:55

ありがとうございます。
くるみちゃんも、最後にはちゃんと救われる予定ですので、そこはどうぞご安心ください。勧善懲悪のストーリーでないと、歯にコンプレックスを抱える私自身が救われません。。
私は右下ですが、6番抜歯してブリッジ入れてますよ~。

実は私も、この6番抜歯宣告を受けた大学生の時に、美容歯科を標榜するクリニックの無料カウンセリングを申し込んだことがあります。カウンセリング当日、インフルエンザで寝込んでしまい、行けなくなってしまったのが幸いでした。
その後、ノロウイルスにもやられて倒れ、プライベートでも色々あり、最初の予約日から3ヶ月ほど経った頃でしょうか。再度予約をしようとPCに向かい、クリニックの名前を入力すると…。某巨大掲示板に、訴訟を考えているという元患者たちのスレッドができていました。読めば読むほどひどい内容で、ほぼ時を同じくして、そのクリニックの広告がファッション誌から消えました。
田舎育ちなもので、これはご先祖様が守ってくださったに違いないと、今でもそう思っています。
あのスレッドに書き込んでいた方たちは、今どうされているのでしょうか。失ったものは戻りませんが、どうか腕ききの歯科医による再治療を受けて、食べる喜びや楽しみを取り戻してほしい。
そう願って、私自身の虫歯治療遍歴を振り返るつもりで、物語を書いています。GWには大更新を予定しております!お楽しみに!
23:ピカチュウウミウシ :

2018/04/07 (Sat) 15:42:55

こちらこそお返事ありがとうございます!
今からゴールデンウィークが楽しみです!

私も田舎育ちなのですが、子供は虫歯があるのが当たり前・乳歯はいずれ生え変わるから治療しなくて良いという考えがまだ根強かったですね。
そして、矯正治療は社長令嬢のようなお金持ちや相当に症状が強い子しか受けていませんでした。
なので、くるみちゃんの幼少期と自分の体験が重なるところが多いです。

その美容歯科、なんとなくあそこかな?という思い当たりはあります。
私も上前歯が全て治療済みで綺麗とは言えない状態なので興味はあったんです。
カウンセリングに行けなかったのはきっと守られたんですよ!
24:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/05/06 (Sun) 14:08:06

若手記者の情熱3

上下の歯列全体の写真が、パソコンの画面いっぱいに表示されている。木目の美しいテーブルをはさんで女医と向き合った奈緒は、いたたまれない気分になった。
それぞれの銀歯が、まるでビームのように光を反射しているのは、撮影モードによるものなのか、それとも、自分は普段からこんなに銀歯を光らせて生活しているのか。前歯裏の虫歯もくっきりと写っている。鋭利な器具で突かれた時の痛みがよみがえり、奈緒は顔をしかめた。
奈緒の表情を確認してから、女医は真っ白い歯を見せてゆっくりと切り出した。
「問診票を確認させていただいたところ、お銀歯が多いことを、倉本様はお悩みとのことでございましたね。詰めた箇所と被せた箇所、合わせまして11本、お銀歯がございます」
「それから、お虫歯を治療なさったばかりとのことでございますが、残念ながら、新しいお虫歯が4本ございました」
滅茶苦茶な敬語もどきでしゃべる女医の日本語に、奈緒は心の中でケチをつけた。何でも「お」をつければ丁寧になるってもんじゃない。おリンゴ、おビールなどは、正しい日本語ではないものの、ある程度人口に膾炙しているが、「お虫歯」はないだろう。一頃流行って、モンスター患者を増長させたと言われる「患者様」の呼び名に相通じるものを感じて、胸がムカムカする。
「お虫歯もお銀歯も、当院でセラミック治療をされますと、自然な白い歯になりますよ」
「それでは、こちらをご覧くださいませ」
パソコンの画面から口腔内写真が消えると、不意に動画が始まった。
「ブリリアント・キュア・ホワイト表参道へようこそ。私どもは、患者様を第一に考えて、最先端の治療を行っております」
先ほどの高級感ある受付が映し出され、空港の地上スタッフのようなユニフォーム姿の女性たちが、深々と一礼した。
「患者様の歯のお悩みは、様々であるかと存じます。痛みのある虫歯、お口の中で目立ってしまう銀歯、歯並びや前歯の治療痕、それから歯周病によるお口のにおい」
ボロボロの虫歯に、数本並んだかぶせ銀歯、レジン充填だらけの前歯が、次々と画面上にあらわれた。
「私どもは、他の歯科医院にはない卓越した技術で、これらの患者様のお悩みすべてを素早く解決いたしますことを、お約束いたします」
スクラブを着用した4名の歯科医師と10名ほどのスタッフらが、満面の笑みで登場した後に、「治療例」という画面に切り替わった。
「それでは、実際の治療例を見てまいりましょう」
静かなピアノ曲とともに、治療経過のスライドショーが次々に流れていく。重度の虫歯だらけ、奥歯がすべて銀歯、変色した保険の差し歯が多い、欠損箇所が目立つ、どうやって咀嚼しているのかわからないほどの歯列不正。そして、これらのコンビネーション。いずれも、気になる数箇所を治療したという程度ではなく、口の中全体を再建するような大掛かりな治療であったはずだ。
見掛け倒しの治療だと知ってはいても、真っ白できれいな歯並びの仕上がりに、思わずうっとりとしてしまう。が、すぐに、この映像だって補正が入っているに違いないと、奈緒は思い直した。
「歯科治療によって、これまでとは違う白い歯を手に入れることができるとはいえ、やはり治療に不安はつきものですよね。患者様のご不安について、アンケートを実施しましたところ、次のような結果が得られました」
アンケート結果の横棒グラフが表示され、上から、1位:痛み(92%)、2位:治療回数(74%)、3位:料金(69%)、その他(治療時の音など)となっている。
「それでは順番に、確認してまいりましょう」
「まずは痛みについてです。歯科治療に痛みはつきものとお考えの方が多くいらっしゃいますが、当院は静脈鎮静麻酔を用いまして、完全無痛治療を行っております。腕から麻酔薬を点滴することにより、患者様にはうとうとと眠っていただいている間に、歯の治療をいたします」
モデルの女性が登場して、診療椅子に横たわり、左腕に点滴をセットされてから目を閉じ、器具をはめられた口を大きく開いた。
「安全に治療を行いますため、歯科麻酔医が責任を持って、患者様の全身状態を管理させていただきます。血圧、脈拍、血中酸素濃度をモニターしながら、治療を進めてまいります」
麻酔薬の投与量をコントロールする輸液ポンプと、スクラブを着たドクターが各モニターを監視する姿が映された後、治療を担当する歯科医が女性の口の中にミラーを入れた。
「治療時の音がご不安な方には、ヘッドホンのサービスも行っております。癒し系音楽を複数取り揃えておりますので、治療前にお好みのものをお申し付けくださいませ」
アシスタントの女性が、患者役の女性に小型ヘッドホンを取り付けた。
「次は、治療回数についてです。当院が開発した最先端のテクニックにより、お口の中がどのような状態の患者様でも、3回の治療で美しい歯になることをお約束いたします」
先ほどの患者役の女性が登場し、白い歯を見せて微笑んだ。歯科医やアシスタントらと歓談し、大きく口を開けて笑っている。
「最後に、料金についてです。カウンセリングの終了時に、お見積もり書をお渡しいたします。初回にお示ししますお見積もり以上の金額は発生いたしませんので、どうぞご安心くださいませ。また、デンタルローンもございますので、1回1万円からの分割払いが可能でございます」
50万円プラス消費税の見積書のサンプルが示された。治療内容によって額は異なるだろうが、中原くるみが支払った500万円とは10倍もの開きがある。
「さあ、あなたも、歯のお悩みを解消して、白く輝く歯で毎日を明るく過ごしませんか?」
患者役の女性、歯科医、アシスタント、受付の女性らが並んで、笑顔で手を振って動画は終了した。
25:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/05/06 (Sun) 14:10:59

若手記者の情熱4

「当院の紹介動画をご覧いただき、ありがとうございました。何かご質問はございますか?」
女医は自信たっぷりの笑顔で奈緒に問いかけた。
「あのう、動画を見てびっくりしたんですが、こちらは開院して2ヶ月ほどしか経っていないと思うんですけど、もうこんなに患者さんを治療したんですか?」
女医はハッとした表情を見せた後、白い歯をたっぷり見せつける笑顔に戻って答えた。
「すべて院長の症例でございます」
おそらく本院の「ブライト・ティース・デンタル南青山」の患者たちだな、と奈緒は当たりをつけた。原告団の中にいる患者も含まれているかもしれない。奈緒は質問を続けた。
「えーっと、先ほどの動画の中に出てきた、歯科麻酔医というのは、どのような資格なのでしょうか?」
歯科麻酔医は国家資格ではないが、指定された病院で歯科医師が所定の研修カリキュラムを修了すると、歯科麻酔医を名乗って、一部の手術において術中管理を行うことが認められるものだ。しかし、都内の有名病院で発生した医療事故において、医師ではなく歯医者が術中の麻酔管理を行ったせいではないかと遺族が訴え、現在は最高裁で争っている。
不足する麻酔科医を補うという目的で始まった制度だが、この医療事故を受けて、今やまともな病院であれば、歯科麻酔医に術中管理を行わせることはないはずだ。
「ええっと、歯科麻酔医と、申しますのは、その、あの、資格としては歯科医でして、その、特別に勉強すると、えーと、なれるんでございます」
この女医は、こう言っては何だが、あまり頭は良くなさそうだと奈緒は値踏みした。診察中は、沢山の銀歯が光る口を大きく開けて、弱々しく涙目になって女医を見上げるしかなかった奈緒だが、受験も就職も高倍率を勝ち抜き、社会人になってからも厳しく鍛えられてきた大手紙の記者である。正面から向き合った状態で言葉をかわせば、頭の回転の速さと鋭さでは、奈緒に分がある。
「たとえば、万が一、ですね、麻酔事故等が発生した場合に、適切な救急対応が可能な設備、人員等が揃っていますでしょうか?」
しばらくの沈黙の後、女医は口を開いた。
「ええっと、受付に、電話がありますでしょう?受付に、人がいますし、その、救急車を、呼ぶことができると思います」
記者の質問に対してすっとぼける政治家はいくらでもいるが、それと比べてもこの女医は大物だと、奈緒は妙に感心した。たしかに、電話だって受付嬢だって、設備と人員と言えなくもない。
ここまで順調にきたが、相手の言いたくないことを聞き出すのが記者の仕事とはいえ、鋭くシャープな印象を与えないよう、注意しなければならない。なんといっても、お馬鹿だけれど金払いは良さそうな、今どきの若い女性を演じる必要があるのだ。奈緒は質問の方向性を変えてみる。
「動画に出てた皆さん、すっごくきれいな歯になって、本当にうらやましいんですけど、今もあのくらい綺麗な状態を維持してるんですか?」
女医はほっとした表情になって、笑顔で答えた。
「毎日きちんとケアをされる方であれば、美しい状態を維持することが可能でございます。そうでない方ですと、難しいかもしれませんね」
集団訴訟の原告たちはケア不足だったいうことか。
「私、いくら歯磨きして気をつけていても、すぐに虫歯になっちゃうんです。だから、きれいに治してもらっても、また悪くなったら困るなと思って。ケアの方法とかって教えてもらえるんですか?」
女医はしばらく考え込む。
「お家のお掃除とかでも、上手な方とそうでない方がいらっしゃいますでしょう?四角い部屋を丸く掃く、ですとか。ですからその、細やかに気を配って歯磨きしていただくことが、重要でございますね」
まるで答えになっていないが、深く追及せずに、奈緒は質問を切り替える。
「あの、お聞きしようか迷ったんですけど、失礼でしたら、ごめんなさい。今、美容歯科ってニュースにもなってますけど、ああいう悪徳なところと、こちらは違うと思ってるんですが、最近のニュースをどんなふうにご覧になってますか?何だかちょっとだけ、不安になってしまって」
ここが今話題の「ブライト・ティース・デンタル南青山」の系列院だとは知らないふりをして、奈緒は尋ねた。実際、中原くるみの記者会見以後、それまであったホームページのリンクは途切れ、やがて本院のページは閉鎖されたから、両院が系列関係にあるとは知らない患者がいてもおかしくはない。
しかし、問診票を書き終えた頃にあらわれた、あのはずんだ声の女の子だって、連日報道されている集団訴訟のニュースくらいは見ているだろう。美容目的の歯科治療を受けることに不安はないのだろうか。治療費を払った後であっても、背に腹は代えられないと逃げ出したりしないのだろうか。どのように言いくるめて患者を安心させているのか、そこを知りたい。
「私どもは、進化したブライト・ティース・テクニックを患者様にご提供させていただくべく、スタッフ一同研鑽に励んでおります」
いきなり馬脚をあらわしたが、女医は続ける。
「虫歯や歯周病は一般歯科、歯並びを直されるなら矯正歯科、抜歯やインプラント等は口腔外科と、歯科の世界は細分化されておりますが、歯に関するお悩みすべてを、包括的に解決できる画期的なテクニックでございます。ですからどうぞ、ご安心くださいませね」
こんな説明ではちっとも安心できないが、奈緒は質問を続けた。
「ええっと、歯医者さんの治療って、たとえば神経を抜いたら、根っこのお掃除に何度も通って、終わったらゴムを詰めて、型をとって土台を立ててから、やっと銀歯の型をとって。すごく時間がかかるイメージなんですけど、こちらでは3回で済むというのが、夢みたいで、ちょっと信じられないというか、何というか」
女医は得意そうに微笑んだ。
「ええ、町の歯科医院では今も、倉本様のおっしゃるような時間のかかる治療を行っておりますね。院長が開発した私どものテクニックは、特許を申請しておりまして、患者様の夢を実現した画期的なものでございます」
特許は出願するだけなら誰でもできるものだが、奈緒は少々大げさに言ってみる。
「特許!すごい!そのなんとかテクニックって、ほんとにすごいんですね!」
女医は満足そうな表情を浮かべて、奈緒の発言を訂正した。
「ブライト・ティース・テクニックでございます」
奈緒はすかさず畳み掛けた。
「ブライト・ティース?」
奈緒の問いかけに、しまった、という表情で女医は口ごもる。今のこの状況で、本院である「ブライト・ティース・デンタル南青山」と系列関係にあるとは知られたくはないだろう。
「あと、1点だけいいですか?保証期間ってあるんですか?」
女医は慌てて奈緒の質問を遮り、アシスタントの女性に耳打ちしたあと、引きつった笑顔で奈緒に微笑みかけた。
「倉本様、お疲れになりましたでしょう?本日は特別に、実際の治療後にお休みいただくリラックスルームにご案内いたしますので、ぜひご利用くださいませ」
26:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/05/06 (Sun) 14:18:20

若手記者の情熱5

奈緒とアシスタントの女性は、女医に追い立てられるようにカウンセリングルームを後にした。突然のことに、アシスタントは気の毒なくらいまごついている。ブリザードフラワーで飾られた通路を通って、先ほど大学生くらいの女の子が出てきた部屋に通された。
「担当の者からお見積もりやローンについて説明させますので、しばらくこちらでお待ちいただけますか?」
奈緒が頷くと、アシスタントは何か言いたそうにした後、引き戸を閉めて出ていった。
高級ホテルのスイートルームのような部屋に一人取り残された奈緒は、呆然と立ち尽くした後、とりあえずベッドに腰掛けてみた。マットレスのスプリングがしっかりしていて、身体がぐっと下から支えられる感じがする。治療後に、中原くるみもこんなベッドに身を横たえたのだろうか。奈緒はそっと、肌ざわりの良いリネンの表面を撫でた。
ディフューザーでアロマが焚かれ、室内はローズの香りで満ちている。BGMは心地よいボリュームのジャズピアノだ。このまま横になって眠ってしまえたら、どんなに気持ちよいだろう。このところ奈緒は連日連夜働きづめで、すっかり疲労が蓄積している。しかし、そんなわけにはいかない。仕事が待っている。
それに、さすがにあの鈍い女医も、奈緒のことを記者だと感づいているかもしれないのだ。このリラックスルームで満足させている間に、誰かを呼んでくるかもしれない。身分証明書等の提示を求められたら、倉本万奈ではなく、松田奈緒であることがバレてしまう。
軽く化粧直しをしたらすぐに帰ろうと、奈緒はドレッサーに向かった。化粧水に乳液、ヘアスプレー、コットン、綿棒、使い捨てのブラシ。アメニティが万全に揃っている。コットンを1枚取って顔のテカりをおさえると、奈緒は自分のポーチを開いた。白いペンシルが床に転がり落ちたので、そっと拾う。これは今や欠かせなくなった、奈緒の必需品だ。
口の中が銀歯だらけになった今、奈緒は「歯のマニキュア」を愛用している。朝はマニキュアタイプの製品を使って、刷毛で白い液体を銀歯部分に丹念に塗り込み、出先ではペンシルタイプで禿げかけた部分を塗り直す。今日は診察の邪魔になると考えて塗ってこなかったが、ビームを発するように光る銀歯の写真はショックだった。
いくらなんでも、あんなに光るものなのだろうか。奈緒は鏡に向かって大きく口を開けた。下の左右奥から2番目の銀歯に、指でそっと触れてみる。神経を取り除いてゴムを詰め、根っこには金属の土台を差し込んで、やっと被せた銀冠だ。生まれ持った歯に触れることは、もうできない。大事な大人の歯だよ、と言われてから約20年で跡形も無くなってしまったのだ。
今度は、かみ合わせの溝の中に爪を立ててみる。ここから虫歯になりやすいよ、よく歯みがきしてね、と言われていたが、事実、小学生のときに溝から虫歯ができて、初回の治療をしたのだ。あれは3、4年生のときだったか、「永久歯にむし歯があります」という手紙を持って歯医者に行ったことを憶えている。高校生のときに再治療をしたが、このときも光で固める白い詰め物を入れてもらった。
虫歯の治療痕を目立たなくさせたい患者と自費で稼ぎたい歯科医が共鳴しあっている、その最たるものが美容歯科である、というS大学歯学部の土井教授の言葉が甦る。実際、治療箇所が白かった頃は、治療した歯が多いことを意識したことなどなかった。しかし、患者が白い歯を望むのは、審美的な要求だけではなく、生まれ持った身体の一部分を失ったという、大きな悲しみから目をそらすためではないか。ギラギラと光って人工物であることを主張する銀歯を見つめて、奈緒はため息をついた。

ふいに扉がノックされ、はい、と返事をすると、先ほどのアシスタントが駆け込んできた。気の毒そうに奈緒を見て、「前歯のお痛みはいかがですか?」と問いかけた。
「さっきの岡先生は院長先生の娘なんですけど、性格がきついんです。定員割れの私立歯科大学で2回留年して、国家試験も1度落ちてるらしいですよ。普段は患者さんを任せることはないんですけど、他のドクターが全員会議中で。申し訳ありませんでした」
「もう前歯は大丈夫ですし、岡先生のことは構わないんですが、どんな会議をされているんですか?」
「さあ、私達にはわからないんですけど、一日中かかるみたいです」
これは貴重な情報だ。集団訴訟の原告団が、刑事告訴に踏み切ったことと無縁ではないだろう。「ブライト・ティース・デンタル南青山」と掛け持ちの歯科医師もいるかもしれない。箝口令を敷いたり、口裏を合わせようとしたり、あるいは隠蔽工作の手はずを整えたりしているのだろうか。
アシスタントの名札を確認すると、「丹生谷 実咲」の文字が読み取れた。四国出身の大学同期に、同じ苗字の男子がいたことを奈緒は思い出した。たしか、にぶや君、だったはずだ。
もう帰ろうと思うと奈緒が言うと、丹生谷実咲は「受付で見積書をご用意していますので、それだけ受け取ってお帰りになるのが良いかと思います」と答え、「前歯のところ、他の歯医者さんでプラスチックで治療されてくださいね」と付け加えた。これは暗に、ここでは治療しない方がよいと言っているに等しい。この子は、何か知っているのではないか。
奈緒は丹生谷実咲と一緒に、再びブリザードフラワーで飾られた通路を抜けて、受付のベージュのネイルの女性から見積書を受け取った。
「只今キャンペーンを実施しておりまして、本日から1週間以内にお申込みして全額をご入金いただけますと、10%割引させていただきます。一緒の封筒に入れておきますので、ご覧になって是非ご検討くださいませ」
相手に熟慮する時間を与えずに入金を急がせるのは、悪徳商法の典型的なパターンである。ここまでくると医療人ではなくて商売人ではないかと、奈緒は呆れた。
見送ってくれた丹生谷実咲に会釈して重厚な扉を閉め、エレベーターに乗り込むなり、奈緒は受付で受け取った封筒を開いた。パソコンの画面に映し出された口腔内写真と、例の10%割引のキャンペーンの紙、デンタルローンの案内、そして250万円の見積書。金額は中原くるみの半額だが、内訳は示されておらず、「虫歯、銀歯のセラミック治療」とだけ書かれている。下の方を見ると、黄色の付箋が貼られている。
「町の普通の歯医者の方が、ずっとマトモです!!逃げてください!!」
これを書いたのは、先ほどの丹生谷実咲だろうか。あまりない苗字だから、SNSから個人を割り出せるかもしれない。スマートフォンを取り出して、調べてみる。居住地 東京、職業名 歯科助手の丹生谷 実咲(美楽瑠)が該当しそうである。
カッコ内の漢字の意味がわからないが、ミラクルとか、そんな名前のチームに所属しているのだろうか。落ち着いた物腰から、そのような雰囲気は感じられなかったが、元ヤンキーなのかもしれない。今後、従業員からのリークはあるだろうが、この丹生谷実咲を早めに押さえれば、他社に先んじることができる。奈緒の記者の血がさわいだ。
すっかり高揚した気分でエレベーターから降りて、心配性の父親に無事を報告するような感覚でデスクに電話をすると、電話口から「すぐに社にあがって来い!」と緊迫した野太い声が響いた。警察筋から、岡逸郎が明日逮捕されるとの情報がもたらされたという。
院長の岡逸郎が逮捕されるとなると、分院の「ブリリアント・キュア・ホワイト表参道」の診療もストップするだろう。丹生谷実咲を押さえるのは今日、今すぐだ。
奈緒はタクシーを呼び止めて乗り込んだ。社名を告げ、急いでください、と叫ぶ。
まずはデスクに詳細を報告しなければ。今日も深夜まで働くことになるだろう。
少しでも身体を休めておこうと、奈緒はシートにもたれ掛かり、そっと目を閉じた。虫歯と診断された前歯の裏を舌でなぞってみる。ふと、D保育園で出会った女の子の虫歯がまぶたに浮かぶ。下の奥歯はどれも深く食い荒らされ、茶色い大きな穴の中に唾液が溜まっていた。
取材中、住民たちと話していると、D地区は虫歯の洪水という保健衛生上の問題を抱えている取り残された地域なのか、はたまた虫歯という疾患を文化の域にまで高めた稀に見る地域なのか、奈緒にはだんだんわからなくなってきた。どうせ虫歯になるのならば、いっそのこと文化として楽しんでしまった方がいい。
仕事が落ち着いて休暇が取れたら、K市に就職前歯科健診を定着させた、あの温泉旅館に泊まってみよう。若い従業員らは、頑張って治療した銀歯がこぼれる笑顔でもてなしてくれるだろう。温泉につかったら、虫ン子様にお参りに行こうか。ご神木に向かって大きく口を開けてやるのだ。虫歯の虫ン子飛んでけー、と叫んでやろう。自分用のお土産には例のこめっこを買って、残業のお供にするのだ。
奈緒の頬が少し緩んだ。窓の外を表参道の街並みが流れていく。
27:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/05/06 (Sun) 14:30:39

取材記録10 (歯科助手)
丹生谷 実咲 23歳 ブリリアント・キュア・ホワイト表参道 勤務

びっくりしました。新聞記者さんなんですか?えーっ、すごい!いつもヒステリックに私達スタッフを怒鳴りつける岡先生が、あんなタジタジにになっちゃって、頭いい人はすごいなぁって思ってました。
あっ、それから、私の名前、「にぶや」ではなくて、「にゅうのや」と読むんです。あ、同じ苗字のお知り合いがいたんですね。この苗字、四国の一部に集中してるらしいんですけど、読み方が複数あるんです。「にぶや」「にぶたに」と、それから「にゅうや」「にゅうだに」、あとは、「におや」「におのや」とか、えーっと「においだに」っていう人もいます。東京に出てくる前、地元にいたときも、なかなか正しく読んでもらえませんでした。同じ読みでも、ふりがなが「にうのや」になる人もいるので、いつも新学期には先生から確認されまくってました。
えっとー、本当のお名前は、松田 奈緒さん、なんですね?へぇー。実は私、高校を卒業する前に、下の名前を変えたんですよ。そうです、いろんな資料を揃えて、家庭裁判所に届けを出して。親につけられた名前はミラクルでした。本当に、ミラクルという名前だったんです。漢字ですか?美しいに、楽勝の楽、王へんに留学の留で、美楽瑠です。
苗字は地元ではそれほど珍名ってわけではないですけど、読み方のバリエーションが多すぎますし、それで下の名前が美楽瑠だなんて、人生にハンデありまくりですよ。丹生谷美楽瑠って漢字で書いたら、とても人名とは思えないですもん。高校の担任の先生がすごく心配してくれたので、国語の先生と相談して、実咲という名前に決めました。テストやレポートを丹生谷実咲の名前で提出することで使用実績を作って、改名のときの提出資料にしたんです。
就職活動前に無事に改名できたので、高校卒業後は、地元の歯医者に就職して歯科助手をしていました。今年、東京の審美系のクリニックに憧れて、家賃の安いシェアハウスを探して上京してきたんですけど、私、今日が最終出社日だったんです。
退職の理由、ですか?うまく言えないんですけど、もっとちゃんとした大人になりたいんです。社会の役にたてるような、きちんとした人になりたいんです。すみません、これじゃ意味わからないですよね。うーん、ちょっと話が長くなってしまうんですけど、大丈夫ですか?

社会人になってからずっと歯医者で働いてきましたけど、実は私、小さい頃からすごく歯が悪くて、小学生時代は入れ歯を使ってたんです。そもそも、子どもにミラクルなんて名前をつける親ですから、ちゃんと仕上げ磨きなんて、してもらえなかったですし。歯磨きしてくれないどころか、私をおばあちゃんに預けて、二人ともそれぞれ勝手にどこかへ行っちゃいましたから。私の親、本当にロクな人間じゃないんです。
おばあちゃんには本当に大切に育ててもらったけれど、昔の人だから子どもの歯には無頓着だったし、両親のいない私のことを不憫がって毎日お菓子を沢山くれたんです。ジュースも、いくらでも飲ませてくれました。だからもう、物心ついた頃にはすっかり虫歯だらけで。それでも、おばあちゃんには乳歯を治療するという発想そのものがないから、歯が痛いと言うと、ほっぺたを冷やして抱っこしてくれるだけで、歯医者に連れて行かれることはありませんでした。
あれは4歳のときだと聞いてますが、朝、おばあちゃんが私を起こそうとしたら、顔の形がわからなくなるほど腫れていて、話しかけても高熱でぐったりして返事がなかったそうです。おたふく風邪にしてはあまりにも酷いということで、すぐに救急車で大きな病院に運ばれました。救急外来で診てもらったら、虫歯の穴から入った細菌のせいで、敗血症を起こしかけていたそうです。あと少し遅れていたら危なかったと言われて、何日か入院した後、隣の県にある大学病院の小児歯科を紹介されました。
小児歯科には、私と同じように虫歯だらけの子どもが沢山来ていました。ほんとにもう、あの光景は忘れもしません。みんなで横一列に並んだ診療台にネットで固定されて、全員泣き叫んでいて。異様な光景が怖くて逃げ出そうとしましたが、すぐに捕まって、タオルでぐるぐる巻きにされた後、私もネットで固定されてしまいました。
器具を使って無理やり口をこじ開けられた後、白衣にマスク姿のお医者さんに虫歯の穴をゴリゴリされたり、風をかけられたり。あの痛みと恐怖はトラウマものですよ。付き添いのおばあちゃんは、白衣の先生にものすごく怒られているし、このままどうなっちゃうんだろうって、怖かったです。結局、乳歯20本すべてが虫歯と診断されて、泣き疲れた私はおばあちゃんにおんぶされて帰りました。
後日、入院して全身麻酔で5時間の虫歯治療をしたのですが、このときは、カラフルでかわいい病室で、優しい看護師さんにお世話してもらった楽しい記憶しかないんです。痛かった虫歯はきれいな銀歯に生まれ変わって、ひどい虫歯を抜いた箇所には、隣の銀歯から伸ばしたループ状のワイヤーが入りました。前歯は進行止めの薬で真っ黒になったけれど、もう痛くないし、虫歯をやっつけたんだと、嬉しくて仕方ありませんでした。
ところが、小学校に入学してからは、歯が原因でいじめのターゲットになってしまったんです。古びたアパートに祖母と二人で暮らしている、虫歯だらけの変な名前の子って扱いで、「ミラクルちゃんはおかしな家庭の子やけん、遊んじゃダメってお母さんに言われたんよ」と、面と向かって言われたこともあります。授業参観の後、「いやだ、あの子、虫歯だらけやないの」とか、「そう、あれがミラクルちゃんなのね」などと、お母さんどうしのヒソヒソ話が聞こえてきたこともありました。
私と同じように進行止めで前歯が黒い子はクラスに何人かいたし、歯科検診で虫歯がいっぱい見つかった子も、銀歯だらけの子もいましたけど、やっぱりミラクルという名前と両親がいないのとで、悪目立ちして警戒されてしまうんですよね。それに加えて、小学校入学まで集団生活の経験がなかったので、社会性が乏しかったのも、いじめの原因になったのかなと思います。私、幼稚園や保育園には通わずに、清掃のパートをしていたおばあちゃんの職場について行って、ビルの管理人室で過ごさせてもらっていたんです。そのせいなのか、それとも生まれつきなのか、わかりませんけれども、すっごい運動音痴でしたし。
入れ歯を作ったのは、2年生の夏休みです。1学期の終業式で、校長先生のお話を聞いているうちに、マイクを通した先生の声が左奥歯にじんじんと響いてきたんです。なんというタイミングか、「虫歯がある人は、夏休みの間に歯医者さんで治してもらうようにしましょう」の後に、じんじんと響く感覚が確実な痛みに変わりました。しばらく我慢したんですが、脈拍に合わせて続く、ズッキ、ズッキという痛みに耐えきれず、私は手で顔をおおってその場にしゃがみ込みました。
貧血で倒れたものと思い込んだ男性の先生に抱きかかえられて保健室に運ばれた私は、ベッドに横たわるなり、「歯が痛いよぅ」と泣いて訴えました。「どの歯が痛むん?ここ?」と言いながら、私が指差した歯を保健室の先生がトントンと指で触れると鋭い痛みが走り、私はギャーッと叫びました。「あら、ちゃんと治しとるのになぁ。あーんしてごらんなさい。うーん、虫歯は無いようやけど」
その日は、頬っぺたを冷やしながら保健室のベッドで休んだ後、迎えに来てくれたおばあちゃんと一緒に、校医の先生がやってる歯医者へ行きました。その後は、もう悪夢ですよ。銀歯を外して、あのキーンというドリルで削られまくってゴリゴリやられた挙句、これはもう抜くしかないと言われて抜歯したんです。その夜は、薬を飲んでも消えない抜歯箇所の痛みと、銀歯がまた虫歯になるなんてという不安とで、全く眠れませんでした。その他の銀歯にもいろんな不具合があって、まだまだ治療が続くことを宣告されましたから。
その後の治療はというと、根っこに膿が溜まっていた箇所は、同じように銀歯を外してゴリゴリやった後に、抜く羽目になりました。たしか、これが2本くらいかな。その後、ここも悪くなってると指摘されてた歯が、食事中に、被せた銀歯ごと歯茎から上の部分が取れてしまったんです。歯茎を切開して、中に残った真っ黒な根っこを取り出しました。これも縫った跡がものすごく痛かったです。
そんなこんなで、銀歯を治療していくうちに、奥歯は2本だけになってしまいました。右上の一番奥と、左下の一番奥。絶対に噛み合わない箇所なので、入れ歯を使うしかありません。虫歯の治療を受けている子たちのなかで一人、入れ歯の型とりをしている自分がみじめに思えて、キーンキーンというドリルの音を聞きながら、私も一緒にぽろぽろと涙を流しました。
入れ歯が完成したのは、夏休み最後の日です。なんと待合室には、普段私をいじめているボス格の男子がいて、私は息をひそめてソファの端っこにそっと座りました。いじめっ子はチラッとこちらを見ましたが、いつもの元気がありません。いじめっ子がお母さんと一緒に、先に診察室に入っていった後ろ姿を見送ると、私はホッと息をついておばあちゃんの手を握りました。
しばらくすると、キュイーンという音と泣き声が聞こえてきました。ドリルの音はなかなか止まず、「いだぁーい、いや、いや、いやだぁー」という声も後から続きます。ドリルの音と泣き声とがしばらく続いた後で、キュインキュインキュイーンと甲高く唸るような音がすると、ぎゃああぁー!という絶叫が響きわたりました。すかさずお母さんが叱りつけます。「泣かんの!虫歯のお手紙隠しとったからやろ!これ大人の歯なんやで!」
「ミラクルちゃんどうぞー」
白衣にエプロンのお姉さんに連れられて診察室に入ると、修羅場の真っ最中でした。今日はもう痛いことをされないとわかっている私は、椅子に座って落ち着いて見物できます。
「あー、これは大きいなぁ。だいぶ奥の方まで食われとるけん、我慢やで」と言いながら、歯科医はドリルを持った手を止めることなく、キュイーンと虫歯を削っていきます。ドリルから逃れようとするのか、顔を左右に振ろうとするので、お姉さんにがっちりと頭を押さえつけられて治療は進みます。両手や両足を押さえているお姉さんもいます。しかし、ついにいじめっ子は、ドリルの先端を歯科医が取り替える隙に、くるりと向きを変えて、椅子のヘッドレストにしがみつきました。乱れて後ろ向きになったエプロンを背中にくっつけて、涙でぐちゃぐちゃの真っ赤な顔で、大口開けてヒィィーンと泣きながら。
ふん、いつも偉そうなくせに、みっともない。
私の視線に気づいたのか、歯科医が「ほら、明日から新学期やろ、女の子にバカにされるで」と言うと、いじめっ子も私に気づいたようでした。
私はちょっと罪悪感を感じつつも、思いっきり冷たい視線を送ってやりました。まだ子どもだったし、普段からかわれて結構ひどいこと、うーん、たとえば、親なしビンボー、ミラクルで自分の虫歯なおせよ、とか言われてましたから。自分だって大きな虫歯があるくせに。歯医者が怖くて歯科検診のお知らせを隠すなんて、カッコ悪い。
「そんなんやったら、もう今日は治さんで」と歯科医が匙を投げたため、いじめっ子はオーン、オーンと泣きながら、お母さんに手を引かれて帰っていきました。
「ミラクルちゃん、ほら、入れ歯さんだよ」
さっきまでいじめっ子を押さえつけていたお姉さんが、優しい笑顔で入れ歯を見せてくれました。
「よーし、やるか。さっきの男の子より、ミーちゃんの方が頑張り屋さんで根性あるもんなぁ」
歯科医がやって来て、椅子が倒されていきます。はめてみては、口の外で微調整することを何度か繰り返し、ついに入れ歯が口の中におさまりました。強烈な違和感はあるものの、歯がある喜びにはかないません。

不思議なことに、新学期からはピタッといじめがおさまりました。私がいじめっ子の弱みを握ったせいかもしれませんが、他にもいろんな要因があるんでしょうね。前歯の永久歯が生えてきて、真っ黒な歯のインパクトが薄れてきたことや、私が家庭的には恵まれていないものの、問題行動を起こすタイプではないと、お母さん達にもわかってきたこととか。両親揃っていても、女の子に乱暴する子とかの方が嫌われますし。あとは、私が集団生活そのものに馴染んだことも、大きいかもしれません。
入れ歯に慣れないうちは、給食を食べるのにも一苦労しましたが、おばあちゃんとお揃いだねと言いあって、入れ歯洗浄剤を分けっこするのは結構楽しかったです。成長に合わせて調整や再作製を繰り返して、4年生くらいから入れ歯を使わなくなり、5年生で永久歯がそろいました。入れ歯の調整のたびに歯医者に行くので、永久歯の虫歯を早期発見・早期治療できたこともラッキーでした。早めに治せば、ほとんど痛くないし、白い色で治るし。
中学に入ってからは、歯科検診で虫歯を指摘されたらすぐに、自分で歯医者の予約を取って治療に行くようにしていました。
歯みがきも頑張ったので、高3のときには、県の歯科医師会が主催した「良い歯のコンクール」の「治療歯の部」で優勝することができました。えーと、このコンクールには「健歯の部」と「治療歯の部」があって、治療した歯が1本もない人が出られるのが、「健歯の部」です。どちらも校医の先生の推薦で各校1名ずつ選ばれて、保健所の歯科センターみたいなところで診察を受けるのが本選です。
本選では本物の歯医者のライトを当てるので、自己申告していなかった白い詰め物が見つかったりして、「健歯の部」は波乱含みらしいのですが、「治療歯の部」はいたって平和で、診察椅子に横になって口を開けているうちに終わりました。虫歯が小さいうちに治療しているか、とか、歯みがきが丁寧にできているか、歯茎が健康か、などが審査項目らしいです。
優勝の感想文をもとめられて、小学生時代は入れ歯を使うほど歯が悪かったことと、永久歯が生えてきてからは、虫歯の早期発見・早期治療を心がけてきたことを書きました。その文章が歯科医師会の会報に掲載されたことから、歯科助手を採用しようとしていた先生の目にとまって、歯医者への就職の道がひらけたんです。
高校卒業後、最初に就職した歯医者は、地域密着型の医院でした。一般に歯科業界はスタッフ間の人間関係が難しくて、人の入れ替わりが激しいのですが、メリハリある温かい雰囲気で、勤続20年以上の衛生士さんや、お子さんが小学校に上がってからパートで戻ってこられる方がいるほどでした。かといって、そういう人がお局様になるわけではなく、高校を卒業して間もない私のことを何かと気づかってくれて、今思うと、本当に良い職場だったと思います。
そして何より、先生の奥様がお料理上手で、お昼はスタッフみんなで大きな食卓を囲んで、温かい食事をいただくんです。まるで家族みたいでした。先生はロマンスグレーのダンディなおじいちゃん先生で、今思うと、私に本当に心からの愛情を注いでくださっていたことがわかるんですけど、当時はちょっと小うるさいのが玉にキズだと思ってました。
食卓では、箸の上げ下ろしやお茶碗の持ち方をいちいち注意されるし、勉強しろとうるさくて、夜間の学校に通って歯科衛生士の資格を取ってはどうかと、しつこく言ってくるし。「資格は身を助けるよ」と言われるたびに、親を当てにすることができない、自分の生い立ちすべてを否定された気分になっていました。幼かったですね。
決定的に先生に強い不信感を持ったのは、虫歯の再治療を受けたときでした。21歳のときです。検診でレントゲンを撮ったところ、詰め物の下に虫歯ができている箇所がいっぱい見つかったんです。スタッフには自費の治療費を3割にしてもらえる特典があって、古株のスタッフさん達からも自費を勧められました。「先生に治療してもらったとこ、もう20年以上もってるんよ」と。先生も「実咲ちゃんがおばあちゃんになるまで持つように、気合い入れて治療するけんね」とおっしゃったので、お任せすることにしました。
歯間から虫歯ができて、かみ合わせの面に詰めた銀歯の下で、虫歯が大きく広がっているという歯から、治療開始です。前からちょっと痛むような気がしていましたが、目で見ただけでは虫歯とわからなかった箇所です。キュイーンキュイーンと神経近くまで削られて、みんなに頑張れー、頑張れーと言われながら、涙目になって痛みに耐えました。一区切りごとに手鏡で歯を見せてくれるのですが、歯の形がなくなってもまだまだ真っ黒です。やっとこさ削り終えて、神経を保護する薬を詰めて、痛みが出ないことを確認してから、被せ物の型とりをしました。
このときまで私は、セラミックとかの白い歯ををイメージして、被せが入るのを楽しみにしていたんです。ですから、翌週のセット時に、石膏模型の金歯を見たときは、ほんとに息が止まりそうになりました。冗談でしょ、と。「ほら、終わった」と、下の奥歯にセットされた燦然と輝く金歯を手鏡で見せられて、顔面蒼白になってしまった私は、みんなに心配されながら早退しました。
「今日はゆっくり休んで、はよ治しぃよ」
「次は上の奥歯のおっきいとこ、被せられるように虫歯を取るけんね」
私は泣きながら車を運転して帰りました。
ひどい!ひどい!これなら保険の銀歯のほうがずっと良かった!先生は老人だから、考え方が古いんだ。金ぴかが高級、みたいに思ってるんでしょ、働いてる人もおばさん多いし。
歯科材料としてのゴールドの優れた特性や、女性が長く勤めることのできる職場の価値など、当時の私にはわからなかったんです。もう出て行ってやる!と決めた私は、おばあちゃんの面倒をみることになったから、と申告して、他の歯科医院への就職を決め、1ヶ月半後に退職しました。この1ヶ月半の間に、私の治療は急ピッチで進められ、金歯の被せや詰め物があちこちに入りました。
痛いし、金歯になるし、治療費も3割とはいえタダではないし、本当にもうやめて!って感じで、仕事に行くのが苦痛でしたね。最後の勤務日に、「実咲ちゃんは特別に3割でいいけん、辞めた後も治療においで」と予約を入れられそうになりましたが、後で連絡しますと言って逃げ、残りの虫歯は新しい勤務先の歯医者で治しました。
セラミックよりも安いハイブリッドセラミックという白い素材があるのですが、ゴールドを半額にしてもらうのと、ほぼ治療費が同じだったんですね。やっぱり若い先生は新しいことを勉強していてすごい、と感心しました。お金が続く限り、金歯も白い歯に替えたので、私は大満足でした。
でも、お金が足りなくて全部は白くできなかったので、ちょっと金歯が残ってるんです。こことここ、大きめの金の詰め物あるの、わかりますか?えっと、ここの銀歯ではなくて、こっちの方です。あっ、そうですよね、白く治したはずなのに、銀歯だらけですから、びっくりしちゃいますよね。
田舎にしてはおしゃれな歯医者に転職して、インプラントやクイック矯正なども手掛ける先生に、私は感心しきりでした。おじいちゃん先生の作る入れ歯には定評がありましたが、インプラントには手を出さないと公言していたし、歯並びを直したい患者さんには矯正歯科を紹介して、抜歯だけをしていましたから。患者さんに自費の詰め物を勧めるセールスの練習などもあって、新しいことを吸収しようと、私は一生懸命でした。
後に、自分が責任を負える範囲のことを丁寧にして、専門外のことは信頼できる専門家に任せる、おじいちゃん先生の姿勢がいかに貴いものであったかを思い知らされるのですが、その頃の私は新鮮な毎日に酔いしれていました。必死に頑張ったおかげで、今思えば、なんてことをしていたのだろうと思いますが、入社半年で、自費の詰め物のトップセールスになることもできました。
上京を考えはじめたのは、この頃です。女優さんがステップアップ!と言う転職会社のCMが流れていて、私もステップアップしようと考えたんです。田舎の地域密着型の歯医者から、田舎のおしゃれ歯医者へ。次は、東京の高級な歯医者に行ってやろうじゃないか、と。それで、「ブリリアント・キュア・ホワイト表参道」の求人とシェアハウスを見つけて、上京してきたんです。おばあちゃんは、好きにしんさい、と言ってくれました。
ところが、上京して数ヶ月が経った頃、ハイブリッドセラミックの被せ物が欠けてしまったんです。ズキズキ痛むので近所の歯医者に駆け込んだところ、被せの下が大きな虫歯になっていて、神経の治療が必要とのことでした。この歯以外も、ハイブリッドセラミックで治したところは、歯と詰め物の間に隙間があったりして、全部大きな虫歯になっていると言われたんです。ショックでした。治療して1年未満ですよ。とりあえず痛む歯の応急処置をしてもらって、その日はさっさと布団に入りました。
勤務先の「ブリリアント・キュア・ホワイト表参道」で全部治療すると数百万円かかってしまいますから、この近所の歯医者で治療してもらって全部銀歯にしました。この治療のとき、先生が金歯を指して、「ここの歯はすごく良い治療をしてもらってるね」と言ったんです。ゴールドが詰め物としてすごく良いなんて、私はこのとき初めて知りました。
勤務先でも、似たようなことがありました。お昼に先生の詰め物が取れてしまったんです。ゴールドの詰め物です。休憩時間に他の先生が診察したのですが、「詰め物の下も虫歯になっていないし、さっさとくっつけるか。やっぱりゴールドは適合が良いもんなぁ」と。アシスタントについた私は、先生の口の中にゴールドの詰め物や被せ物がいっぱい入っているのを、ばっちり見ちゃいました。衝撃ですよね。歯医者さんでもこんなに虫歯になるんだ、という以上に、患者さんにはメタルフリーを勧める先生がセラミックにしないなんて。自分用と患者用とで、治療を分けてたんですよ。
私、メタルフリーの素晴らしさを患者さんに伝えて、自費治療の成約件数を誇っていた自分が、恥ずかしくて仕方ないんです。私の歯が治療から1年未満でダメになったということは、私が自費をお勧めした患者さん達も、皆さんきっと同じですよね。他人様の健康に対して、何てことをしてしまったか。そして、あのおじいちゃん先生が、どれだけ誠実で素晴らしかったか。
よくよく考えると、「ブリリアント・キュア・ホワイト表参道」の治療って、私が子どもの頃に全身麻酔で受けた治療と同じなんですよね。本来ならもっと時間をかけるべきところを、突貫工事で被せちゃって。ただ、あのときの小児歯科での治療は、致し方なかったと思います。相手は虫歯だらけで大泣きする幼児なんですから。でも、分別ある成人の患者さんにを対象に、美容目的で同じことをするのはどうなのかなって。私、またしてもおかしな治療に加担するのは、もう嫌なんです。
この前帰省したときに知ったのですが、うちのおばあちゃん、私が大学や専門学校に進学しても大丈夫なように、私名義の口座に少しずつ貯金してくれてたんです。通帳を見せてもらって、私、泣きました。自分の生活を切り詰めて、こんなことしてくれてたんだなって。このお金を元手に、もっと自分を磨こうと考えてるんです。無知の恐ろしさを思い知りましたから、勉強して、人の役に立てるようになりたいんです。
まずは、おじいちゃん先生に、不義理をお詫びすることから、始めないといけないですね。
28:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/05/06 (Sun) 14:33:18

時には昔の話を(ちょっと筆やすめ)

今はもう更新がストップしているようですが、歯科助手さんが開設した興味深いサイトを見つけたので、ご紹介します。
2001年、札幌。小児歯科を主体としつつ、大人の診療も行う歯科のようです。診療室に保護者が入れるなど、わりと開放的なシステムをとっていますが、必要であれば子どもを押さえつけてでもしっかりと治療します。定期検診のハガキのエピソードがあるので、この頃から院長先生としては予防に軸足を移したいと考えていたのでしょう。しかし、医院に続々とやって来るのは虫歯の子ども達。
2歳での虫歯治療(仮封材を固めるとの記述があるので、後日銀インレーを入れたはず)に、かっこいい銀歯を入れたら女の子にモテるよとおだてられて診察台に向かう3歳の男の子。GW中に神経に達した虫歯が痛み出して担ぎ込まれる3歳児もいれば、幼稚園の年中組の年齢(5歳)で、複数の六歳臼歯を虫歯にしてしまった子も。
虫歯治療の完了後に定期検診を受ける子もいますが、最初から予防目的で通院するケースはほとんどなく、検診のたびに治療痕だらけのお口の中を診察してもらっては、新しい虫歯を指摘されるパターンです。

診療日記(虫歯の子ども多し)
http://www.ikung.com/sika/nikki.htm

虫歯治療に来た子どもとのふれ合い
http://www.ikung.com/sika/joshu2.htm
(左側の「子どもの治療ライブ」をクリックしてください)

サイト開設者ご本人(1979年生まれ)のパノラマレントゲン(1998年撮影 19歳時)はこちら。
http://www.ikung.com/sika/joshu4.htm
別ページに、高校の修学旅行の出発直前に前歯の歯間に詰めたレジンが取れたエピソードが語られているので、レントゲンに写らない治療痕がまだまだある模様です。
下の6番は2本とも幼少期に大きな虫歯にしてしまい、断髄したそうですから(予後良好でうらやましい!)、笑うと大きな銀歯が見えるはずです。また、上の奥歯には隣接面にまたがる銀歯もみられるので、歯間からキラリと金属色がのぞいたことでしょう。が、歯科助手になるまでを記したページには、就職活動時のチャームポイントは笑顔、との記述があります。私も同じ干支のもう1周り早い年に生まれて、都内ではなく政令指定都市の大学に進学していたら、歯にコンプレックスを抱かずに済んだのかもしれません。
現在の高校生が歯医者の面接で、奥歯の銀歯と前歯のレジンを見せてにっこり笑ったら、採用には至らないでしょう。そもそも、治療痕を気にして笑顔を見せることを躊躇って、消極的な性格になってしまうかもしれません。今は銀歯になってしまった子どもにとって、受難の時代ですよね。

2001年の診療日記(21歳時)には、ご自身の虫歯治療と銀歯の装着についての記述があるため、この後さらに銀歯が増えたようです。
銀歯が沢山あるお口を大きく開けて、5歳にして六歳臼歯を2本も虫歯にしてしまった(4本とも全滅で、左右に分けて治療している可能性もあり)患児に手本を示す21歳の歯科助手。目まで大きく見開いてめいっぱい開口する患児は、この年齢で永久歯に複数の虫歯があることからして、乳歯はおそらく銀歯でいっぱいでしょう。現在の感覚からすると、すさまじい治療風景ですが、この当時はほっこりエピソードとして語られるものだったのですね。そしてこの光景、なんだか既視感が…。
1996年頃、とある田舎町の歯科医院で、私(1991年生まれ)も同じ年齢のときに六歳臼歯4本の虫歯治療を受けたのです。キュイーンと唸るドリルを手に持った若い歯科医が「先生に負けないように、大きなあーんだよ」と、何度もマスクをあごの方にずらして、ゴールドインレー、ゴールドクラウンでいっぱいの口を大きく開けたことを憶えています。後日、普通の大人の奥歯は銀歯だけれど、歯医者さんは特別に金歯なんだよと、このときの新発見を周囲に言いふらして回りました。。
しかし、まだ口のサイズが小さい5歳児の六歳臼歯を治療する困難さは、成人の親知らずの虫歯治療に匹敵するでしょうか。口いっぱいに詰め込まれたガーゼと、奥の方まで入ってくる治療器具が苦しくて仕方ない上に、頬はミラーで引っ張られっぱなしで、幼若永久歯の治療はとっても痛い。これですっかり歯科治療に強い恐怖感を持ってしまい、外れた乳歯冠をはめ直すだけの処置ですら、大声で泣きわめく小学生になってしまいました。

私が生まれ育った田舎よりもずっと都会の札幌でも、上述の治療から5年後の2001年時点で、子ども達の口腔内が私や郷里の同級生たちと同じような状態だったとは、ちょっと驚きです。過去20年あまりで子どもの虫歯が激減したといいますが、一部の予防に熱心な医院を除き、小児歯科全体が予防に大きくシフトしたのはもっと後のようですね。
ところで、このとき「口をがーっとあけて」治療を受けた子は、今年で22歳。現在のお口の中はどんな状態なのでしょうか。同じ年齢で六歳臼歯の虫歯治療を受けた私は、小3で抜髄して4本ともクラウンとなり、感染根管治療を繰り返した末に、22歳で下の左右を抜歯。左下6番は親知らず(神経はなく、銀冠つき)を移植、右下には5~7番にわたるブリッジを装着するという帰結をたどっています。
一度でも治療した歯が再治療のループに入るのは致し方ないとはいえ、フロスやフッ素の活用をを含め、正しいケアの方法を指導してもらっていたら。おやつの時間の決め方、スポーツ飲料、乳酸菌飲料とのつき合い方等を教えてもらっていたら。なんとか自助努力で、再発と治療のサイクルをもっと遅らせることができたかもしれない。そんな気がしてなりません。
近年の子どもの虫歯減少に真に貢献したのは、虫歯予防を啓蒙した歯科関係者ではなく、私と同じように忸怩たる思いを抱いて、我が子には積極的に予防処置を施している、今や親になった日本中の元・患児たちかもしれませんね。

時には 昔の 話をしようか
通いなれた 馴染みの 歯医者の
口あける 姿が 窓から見えてた
ユニットに いっぱいの 子どもら
見えない 治療の 終わりを 信じて
誰もが 希望を 託した
放置した 虫歯の 穴に風かけられて
体じゅうで 激痛(いたみ)感じた そうだね

泣き疲れ 眠った ことも あったね
どこにも 逃げ場が ないから
麻酔は なくても なんとか 治した
左手を あげても 無視され
小さな 子どもらを 助手たちが 押さえて
大きな 虫歯を 削った
嵐のように タービンが 燃えていた
息が 切れるまで 叫んだ そうだね

成長 記録の 写真を ご覧よ
銀色の 奥歯が 見えてる
いつまで 持つのか 今では わからない
かぶせた歯 いく本も あるけど
あの日の 治療が 虚しいものだと
それは 誰にも 言えない
今でも 同じように 再発 繰り返して
治し つづけて いるよね どこかで
29:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/05/06 (Sun) 22:17:58

取材記録11(原告代表の大学同期)
庄司 裕佳子 24歳 W大学法科大学院1年

お忙しいところ、お呼び立てして、すみません。お時間、大丈夫ですか?私、中原さんのことについて、責任を感じてるんです。私が悪いんです。自分のコンプレックスや苛立ちを中原さんにぶつけたから、中原さん、あんなことになっちゃって。松田さんが、朋友中学で姉の同級生だったと聞いたので、ご連絡したんです。
混声合唱団の合宿中に、私、女子トイレの洗面台に置いてあった「歯のマニキュア」を中原さんに渡したんです。「トイレに忘れてたよ。これ使うの、中原さんしかいないと思うから」って。人があんなに傷ついた表情をするのを、私、はじめて見ました。金属を詰めたり被せたりした歯を見せて歌う辛さは、誰より私自身が一番知っているのに。
すみません。順を追ってお話します。

私は都内の教育熱心な家庭で、優秀な姉と比較されて育ちました。本当に、何をしても姉には敵いませんでした。勉強も、ピアノも、スイミングも。親からは、頑張ればお姉ちゃんみたいになれると常に言い聞かされてました。でも、子どもはちゃんとわかるんですよね。生まれ持ったものが違うって。姉とは3歳離れていますが、姉妹の能力差は年齢差によるものではなくて、生得的な利発さの差だということに、幼稚園の年長くらいの時にはもう気づいていました。
姉は歯もきれいでした。小学校では6年間表彰され続けてたんです、良い歯のコンクールで。うちは親が子どもの健康に気を使っていて、姉妹そろって歯医者へ検診に連れていってくれたんですが、私だけ毎回虫歯が見つかるんです。同じ物を食べて、同じように生活してるのに。
検診が終わると、姉はごほうびをもらって診察室から出ていって、私の治療が始まります。早期発見しているはずなのに、それなりに大きな虫歯が多くて、あのキーンというドリルで削られるときは、本当に痛くて怖かったです。
でも、両親の躾が厳しかったので、治療では絶対に泣いちゃいけないと信じて、我慢に我慢を重ねてました。口を大きく開けて、目はぎゅっとつぶって、手は拳にして、全身で力んでましたね。痛みがマックスになる頃には、顔が火照って真っ赤なのが、自分でもわかりました。
ここで泣いたら、きれいな歯だねって褒められてるお姉ちゃんに完全に負けてしまう、そんなのは惨めすぎるから頑張るんだって、そう思ってました。
そうやって頑張って治療したので、食事中に銀歯が取れたりすると、もうガックリしました。穴に食べ物が詰まると痛むし、水分は滲みるし、大好きなものが並んでいても、その後の食事は砂を噛むようでした。
取れた銀歯を持って歯医者に行くと、もう一度つけ直すだけで終わるときと、銀歯の下にできた虫歯を治療するときとがあるので、口を開けて先生の難しそうな顔を見上げながら、ドキドキしていました。
虫歯ができていたときは、いちど治療したところをさらに深く削られるので、痛くて痛くてたまらないんです。最初キュイーン、キュイーンと音を立てていたドリルが、ギュインギュインと鳴り出す頃には、もう、身悶えするほどの激痛です。全身に力を入れて、絶対泣くものかと踏ん張っても、ギュインギュイン削られるうちに、自然に涙があふれてしまって。そうやってボロボロ涙をこぼしながらも、声をあげて泣くことはありませんでした。痛いよう、嫌だよう、と叫びたいのを、拳を握って、顔をくちゃくちゃにして我慢したんです。
他の子が治療中に足をバタバタさせて大声で泣き叫んでいる様子を見た母が、「なんて躾の悪い」と眉をひそめていたので、恐怖とか痛みとか、そういう感情をストレートに発散することができない子どもになっていました。神経の処置を受けるときでさえ、そんなだったんです。
そんなふうに子どもらしさを抑圧されて、いつも優秀な姉の陰に隠れていた私を、小2のときの担任の先生がとても気にかけてくださったんです。子ども一人ひとりをよく見てくれる、素敵な先生でした。先生のすすめで入ったガールスカウトと児童合唱団の活動を通じて、私は集団の中で何かを成し遂げる達成感を知りました。特に、大勢でハーモニーを重ねる合唱の魅力に取りつかれたんです。姉と比較されながら続けていたピアノとは違って、表現する楽しさを知ることができたんです。
ちょうどその頃、もう一つ大きな転機がありました。近所に予防にもっと熱心な歯科医院が開院し、その評判を聞きつけて転院したんです。徹底したブラッシングの指導を受けて、フロスの使い方やフッ素入りジェルの効果的な使用方法を教えてもらうなど、予防プログラムは盛りだくさんの内容でした。だ液の検査をしたら、やはり私は虫歯になりやすいタイプだということで、歯科衛生士さんが特別プログラムを組んでくれました。
治療後の詰め物も、新しい医院では、光で固める白いプラスチックを使うことが多かったです。外れた銀歯を持っていったら、白い色で詰めてもらえて、びっくりしました。その頃ようやく、白いプラスチックの強度が向上して、奥歯の治療に使えるようになってきたそうです。ベテランの先生ほど、強度が不十分だった時代をよく知っているだけに懐疑的で、若手の先生の方が良いものは良いと、早くに取り入れたみたいですね。
それでも、小さな銀歯を何本か白く治療してもらったとはいえ、私の口の中には大きな銀歯が沢山ありました。合唱団では、歌うときの正しい口の開け方を習得するために、ペアになって口を大きく開けてみせる練習があったんですが、これが嫌で仕方ありませんでした。子どもって好奇心旺盛で残酷ですから、私の口の開け方よりも銀歯の方に興味がいっちゃう子が多くて。ペアではない子まで、「あー、この歯、白いとこがちょっとしかないよ、すごいギンギラだー」って口の中をのぞき込んできました。
うーん、だからこそ、永久歯は虫歯にしないように予防プログラムを頑張ろうとか、もっと歌を上手になってコンクールのメンバーに選ばれるようになろうとか、そういうふうに奮起できたとも言えますね。でも、銀歯を見せつけるように大口を開けた私が、団員募集のポスターの真ん中に写ったときは、学校や児童館に貼られたすべてのポスターを剥がして破り捨てたい衝動にかられました。
中学受験の勉強を開始したのは4年生からです。姉ほど優秀ではなかったですけど、何とかギリギリ行けるかなと思っていた朋友中学に、私は落ちました。でも、もしも受かってたら、成績最下層で大変な思いをしていたと思います。学年の3分の2が東大か医学部かに進学するスーパー進学校ですもんね。いえいえ、そんなに謙遜されなくても。
私が進学したのは、カトリックの白藤女学園中等部です。ええ、一般に「女学園」と呼ばれているあの学校です。初等部は小学校お受験の難関校として知られてますし、ちょっと独特な雰囲気がありますよね。ええ、同窓会組織であるしらふじ会は良いところの奥様の集まりとして有名ですが、私は卒業後一度も関わったことがないので、よくわかりません。
私だけではなく、中等部からの入学者のほとんどがそうではないでしょうか。試験日程の関係上、私のように朋友を落ちてきた子が多いので、大学受験でのリベンジに燃えてみんながっつり勉強するんです。私達は学業面での到達度を重視する家庭で育って、小学生ながらに夜遅くまでの塾通いを経て入学しますから、もう、初等部からの子とは住む世界が違うというか、なんというか。
外車を数台所有とか、住み込みのお手伝いさんとか、軽井沢の別荘とか、家族で年に何度も行くヨーロッパ旅行とか、もう別世界です。入学してしばらくすれば、その暮らしぶりの違い理解して、当たり障りのない付き合いができるようになるのですが、最初の頃はとんでもないお誘いを受けてしまって、うろたえることも色々ありました。
例えば、そうですね、入学したばかりの頃、初等部からの子に、ホテルのアフタヌーンティーに誘われたんです。中学生がアフタヌーンティーしますか、普通?「ご一緒にいかが?」と言われて、真っ先に思ったのが、お金が足りるかどうかではなく、甘い物をダラダラ食べしたら予防歯科で怒られるだろうな、ということでした。もう、何というか、骨の髄までシュガーコントロールされてたんですね。
その他にも、有名パティシエの店のお得意様会のチケットがあるから、一緒にどうか、とか、初等部からの子どうしで誘い合っているのは、ちらほら見聞きしました。自宅には贈答品として届いた高級菓子が常にあるみたいだし、その割にはみんな歯がきれいだけれど、歯が丈夫な人はいいな、うらやましいな、と私は単純に考えていました。
そのカラクリが解けたのは、中2のときです。偏頭痛がひどくて、保健室のベッドで休んでいたときのことでした。カーテンの向こうから、男性の声が聞こえてきます。
「学校検診はどうしても照明が不足するからなぁ。セラミックを見破るのは至難の業だよ、ほんとに。疲れちゃったよ」
まあまあ先生、と保健室の先生が取りなす声がします。
「普通に銀歯で治してくれれば、こっちは楽なのになぁ。矯正してる子も多いけど、歯並びより先に心配することあるでしょうって」
どうやら声の主は、歯科の校医の先生のようです。
「矯正するなら、装置つけるときにブラッシング指導するはずなんだけどなぁ。虫歯だらけの子、多いんだよ、ほんとに」
後日、私は友人どうしの会話から、自由診療専門の高級歯医者が存在することを知りました。脈拍や血圧をコントローされた状態で、眠っているうちに治療が完了すると聞いて、私はびっくりしました。大きな虫歯でも、削ったあとにはセラミックを入れるため、治療箇所もわからなくなるのだそうで、これは校医の先生も嘆くわけです。
しかし、お金に糸目をつけない患者が予防に熱心になると、そういう歯医者は困るわけですよね。予防のクリーニング代やケアグッズの代金なんて、大掛かりな虫歯治療を全額自費でやるのに比べたら、微々たるものですから。それに、患者側もお客様意識が強くて、食生活や生活習慣についての厳しい指導は受けつけないでしょう。
ブラッシングやフロスはそこそこに甘い物を食べ続けて、また沢山虫歯をつくって戻ってきてもらい、苦痛がなく、治療痕のわからない治療で満足してもらう。患者と歯科医との間で、持ちつ持たれつの関係が成り立っていることに、中学生の私は感心しました。
しかし、ひとたび都内を離れると、そうはいきません。カトリック系ということもあり、白藤女学園の中3の修学旅行の行き先は長崎なのですが、隠れキリシタンの里として知られる田舎町で、班行動をしていた時のことです。
とある資料館で、肝心の班長がトイレから戻って来ないため、私が様子を見に行くと、トイレの鏡に向かって口を開け、顔を歪めています。どうしたの、と声をかけると、歯が痛い、と小さな声が返ってきました。お昼に食べた野菜の繊維が、虫歯の穴に詰まってしまい、痛みだしたようです。口を開けてもらうと、上の奥歯なので見づらいですが、たしかに歯と歯の間に、緑色のものが詰まっています。
「歯医者さん行ってもいいかな?」と問われて、私は迷いました。先生への報告や今後の班行動についても考えなければなりませんが、何より彼女は高級歯医者しか知らないのです。とりあえず、資料館の人に最寄りの歯医者の場所を聞いた後、先生の緊急用の携帯に電話をして、許可をもらいました。私が彼女に付き添うこととし、他の班員は副班長とともに予定していたルートを廻ります。
歯医者への道すがら、ごめんね、と何度もつぶやく彼女の背中をさすりつつ、普通の歯医者に連れて行って大丈夫なのだろうかと、私は内心ドキドキしていました。古びた看板の一軒家の歯医者が見えてきたとき、万事休す、と私は腹をくくりました。後でご両親からクレームが来るかもしれないが、もう仕方ない、と。
案の定、靴を脱いで下駄箱の中のスリッパに履き替えるシステムに、彼女は当惑しました。受付で事情を話すと、入れ歯の調整に来たというおじいちゃんが順番を譲ってくれて、診察室に通されました。古びた治療椅子に案内されると、太った助手のおばさんが胸元に水色の布エプロンをつけてくれて、椅子が倒されていきます。
「ほれ、あーん」
水色のケーシーを着た初老の歯科医にうながされるまま、彼女は大きく口を開けました。
「あー、ここに詰まっとるんじゃな」
歯科医は、銀色のトレーから取り出した先の尖った器具を手に持ち、上奥歯の穴に詰まったものを掻き出そうとします。
「んぎゃ、んあがっ」
詰まっていた繊維は無事に取り除くことができましたが、銀色のコップを手に口をすすぐ彼女の表情は、前にも増して辛そうです。
「どら、痛くなってしまったかな?うむ、レントゲンじゃな」
現像されたレントゲン写真を見た歯科医は、驚きの声をあげました。
「もう、こんなに治しとるのかい?まだ中学生だよね?これ、全部セラミックか、ほぉー、お金持ちだなぁ」
たしかに、奥歯はほとんど真っ白に写っています。
「これはまあ、神経抜いた方が楽になるわな」
歯科医は独り言のようにそう言うと、おびえた表情を浮かべる患者にはお構いなしに、麻酔の注射を刺していきます。そして、あのキュイーンというドリルとミラーを手に持ち、我慢せいよ、と彼女の歯を削りはじめました。ぎゅとつぶった目尻から涙が流れるのを見たとき、私は、ああ、なんてことだ、と唇を噛みました。
「膿がどんどん出てくるなぁ、どんどん吸って」
歯科医が助手のおばさんに指示を出します。彼女の顔は真っ赤になって、大粒の涙がボロボロと溢れています。
「我慢しろよ」
歯科医 はそう言って、キュインキュインキュイィィーンとさらにドリルを響かせました。
「ぐあぁぁー、あー、んあがぁぁー!」
今まで我慢してきた彼女が苦しそうな声をあげ、顔を左右に振ろうとします。
「女の子でしょう、お慎みなさい!」
振り返ると、修学旅行引率のシスターが立っています。後で知ったのですが、私達が資料館を出て歯医者に向かったとの連絡を受けて、急いで駆けつけてくれたのでした。しかし、これまでにも、校内の清掃さぼりや下校時の買い食いなど、私達の悪事や校則違反を見事なまでに見抜いてきたシスターです。何という千里眼かと、私はおののきました。長崎の町にシスターは珍しくないとはいえ、歯科医も助手のおばさんも驚き、治療の手を止めています。患者の彼女も、口を開けたまま目を見開いています。
「あなたは教会に行きなさい。班のみんなが待ってますから」
重要文化財に指定されている教会で、私が合流するのを待ってくれているとのことです。それでも、こんなに苦しそうに治療を受けている彼女を置いていくのは、心が痛みます。
「さあ、すぐにお行きなさい。道はわかりますね?わからなかったら、土地の人にお聞きなさい」
「失礼いたしました、続けてください」
先端部分を取り替えて、再びドリルが鳴り響きました。
「いだぁぁーい、ぐあぁぁー、やぁぁーだぁー!」
「我慢なさい!イエス様は十字架でもっとお苦しみになられたのです」
だ液や削りかすを吸い取っていたおばさんの手がすべり、頬っぺたを吸い込まれた彼女はむせ込みました。歯科医も思わず手を止めます。
「この町で拷問を受けた、勇敢な殉教者たちのお苦しみに、思いを馳せなさい」
今度は歯科医が、銀色のトレーをガシャリとひっくり返してしまい、中身が床に散らばりました。反射的に私は拾いあつめます。ますます立ち去りにくくなってしまいましたが、行きなさい、と目で合図するシスターに目礼して、助手のおばさんにトレーを渡すと、私は歯医者をあとにしました。
もともと歯が丈夫ではなく、虫歯になりやすい私にとって、この修学旅行での出来事は他人事ではありません。初等部出身の子たちと同じような食生活をしていたら、同じ目にあうのです。決意を新たに、私は予防歯科のプログラムを忠実に守りました。

ところで、この翌年、姉は都内の国立大医学部に現役で進学しました。どんな田舎にあっても、国立の医学部は東大並みか、それ以上の難関です。ましてや都内の国立はもう、優秀層による大激戦です。理系科目が全く駄目な私は、やっぱりお姉ちゃんはちがう、という思いと、それでも私だって、という思いとが交錯しました。自分が文系であることは充分承知しているので、医学部は無理です。それなら、私は東大に。覚悟は固まりました。
しかし、結果は惨敗。1浪しても、東大には手が届きませんでした。一緒に浪人して合格した仲間に、素直におめでとうと言えず、W大の入学式まで私は自室に引きこもっていました。
私の人生はいつも二番手。いつも第2志望。自分は姉ほど賢くないから、努力で補わなければならない。初等部からの同級生たちほど裕福ではないから、頑張って勉強しなければならない。歯だって、生まれつき丈夫なではないから、徹底した予防が必要。いつだって、努力、努力。
ヒリヒリするような思いを抱えて、必死に頑張って、競争して。それでも夢叶わないことがある。どうしても敵わない相手がいる。入試の成績開示で、自分が東大合格まであと1点の差で涙をのんだことを知った私は、W大のサークルに入る気も起こらず、呆然自失の大学生活を送っていました。
しかし、いつまでもそうしてはいられません。5月の連休明けから、気持ちを切り替えて前向きになろうと、大学の混声合唱団に顔を出してみたんです。子どもの頃大好きだった合唱。周囲の顔色をうかがう子どもだった私に、自信や自主性をもたらしてくれた合唱。
ええ、ここで中原さんに出会ったんです。私みたいにガツガツした競争にとらわれずに、自然の中で愛情を注がれてのびのびと育った、何というのか、中原さんのすくすくと育った感じに、私、嫉妬したんです。中原さんが銀歯を気にして、「歯のマニキュア」を使っているのを知ったとき、弱味を握った、しめた、と思ったんです。嫌な奴ですよね。
今さら会っても許してもらえないでしょうけど、私、中原さんに直接会って、きちんと謝りたいんです。私、同じキャンパス内のロースクールにいますから。復学されたらぜひ会いたいと、そう伝えていただけませんか。お願いします。
30:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/05/06 (Sun) 22:59:36

押収資料

岡齒科醫院
岡 逸郎 先生 御机下

アドヴァンスト・デンタル・マーケティング株式会社
シニアコンサルタント 伊藤 紘一

平素より大変お世話になっております。
先日ご相談いただきました件、レポートを作成したしました。貴院の今後の経営方針のご参考になれば幸いに存じます。

【患者の属性と分類】
歯科に通う患者の属性を、複数の観点から以下の4つのセグメントに分類しました(表1)。
A層
「裕福である」+「審美に関心が高い」+「虫歯が多い」
B層
「裕福である」+「審美に関心が高い」+「虫歯が少ない」
C層
「裕福ではない」+「審美に関心を持ちはじめた」+「虫歯が多い」
D層
「裕福ではない」+「審美にこだわらない」+「虫歯が多い」

予防歯科やフッ化物配合歯磨き粉の普及によって、これまで貴院がメインターゲットとされてきたA層は今後大きく減少することが予想されます(添付資料1:12歳児のむし歯経験本数の推移)。これに伴い、B層の増加が予想されますが、定期検診や歯面クリーニング、ごく初期のむし歯の処置等が主となるため、大幅な減収が見込まれます(添付資料2:予防へ移行した場合の歯科医業収入)。
ご相談いただいたとおり、B層を対象に単価の高いプレミアムなサービスをオプションで提供することにより、収入を維持することも可能ではありますが、新たな層として注目されますのが、C層です。進学や就職を機に地方から上京してきた若い女性が多く、地方在住時にはD層であったものの、東京で暮らすうちにC層に移行することが判明しております(添付資料3:若年女性の審美意識調査)。

【ターゲット層変更に伴う留意点】
・治療の質および費用
新たにC層をターゲットとする場合に問題となりますのが、可処分所得の低さです。学生も多く、また、社会人であっても就職したばかりの若年者であり、雇用形態が非正規の者も多く含まれます。治療費の一括払いが困難であることから、デンタルローンをはじめ、分割払いが可能なシステムを構築する必要があるでしょう。
また、A層を対象にした場合には、治療の質の追求にかかるコストを治療費に上乗せすることが可能ですが、可処分所得の少ないC層に同額の請求をすることは、困難であるかと思われます。しかし、家族全員で掛かりつけとなるA層とは異なり、C層の多くは単身で上京してきており、審美目的の治療を受けることを周囲に知られたくないと考えていることから、治療から数年後の予後が口コミとして広まる可能性は、極めて低いものと考えられます。
したがいまして、A層を対象とした治療と同等の質を追求せずに、適度にコストカットをはかることで、先生もC層の患者もwin-winの関係を築くことが可能であると存じます。

・医院名および立地
C層を対象としますと、伝統ある歯科医院に通うことがステータスであるという、暗黙の了解が通用しません。長らくエスタブリッシュメント層に支持されてきた伝統ある医院名が、堅苦しいものと受け止められ、医院の発展の足枷となってしまうことが考えられます。
可能であれば、白い歯を想起させるような医院名(できれば横文字)への変更をお勧めいたします。また、医院改築のご予算を移転費用に充当して、上京してきたばかりの若い女性が好む街(青山、表参道、代官山など)へ医院を移転することも、C層の集患には効果的であると考えます。

・宣伝媒体
A層を対象とする場合は、富裕層の間の口コミが最大の宣伝媒体となりますが、C層向けに宣伝を行う場合は、新たに広告費を計上して、若年女性向けのファッション誌に広告を掲載することが、効果的であると考えます。モデル事務所等と提携し、売り出し中のモデルを歯科治療のモニターとして利用することも、一案でございます。

本レポートについて、ご不明点等ございましたら、何なりとご連絡くださいませ。経営方針の変更等をお考えでしたら、弊社が責任を持ってお手伝いさせていただきます。

以上
31:ピカチュウウミウシ :

2018/05/07 (Mon) 18:18:19

楽しみにしていた更新が!嬉しいです。
もうすぐ悪徳歯医者が逮捕されそうな流れですね。
今後も目が離せません。

私は札幌の元歯科助手の方と年代が近いですが、確かに虫歯や銀歯はあって当たり前という雰囲気の中で育ちました。
その中でも一番覚えているエピソードが中学校の歯科検診で、前に並んでいる子から『ここ(前歯)見て、黒くなってるでしょう?歯医者さんが怖くて...』と弱弱しい声で告白されたり、前歯が黒いを通り越して穴が開いている子もいたりしました。
ちなみに私も治療費が心配という理由で前歯の虫歯を放置していたのですが、めちゃくちゃ怒られましたよ~。
中学の頃は田舎から引っ越してそこそこ都会(その昔万博が開催された地です)に住んでいたのですが、こんな感じでした。

フロスは子供の頃に知っていれば!と思うことがよくありますが、当時は大人でさえあまり使っていなかったので仕方なかったかなと諦めています。
32:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/05/08 (Tue) 20:59:05

ありがとうございます。
目が離せないなんて言っていただけると、励みになります!
「ミルキーは銀歯の敵」というペンネームは、小4のときに作った歯科標語(虫歯予防のポスター作成とか、6月頃にこういうの、ありましたよね)に由来します。宿題として1人1つずつ作ってきて、クラス全員の多数決で選ばれた標語をコンクールに出すことになっていました。満場一致で選ばれたのは、私の標語「気をつけよう ミルキー、ハイチュウ 銀歯の敵」。慌てた先生はいろいろな理由をつけて、もっと無難な標語を新たに作ってくるよう、私に言い渡しました。
言われたとおりに毎日歯磨きしたって虫歯はできるのだから、歯医者に行く回数を減らすには、ミルキーやハイチュウに気をつける方が現実的ではないか。子どもなりに思いをめぐらせて作った標語を否定されて、私は残念な気持ちになりましたが、黙っていなかったのはクラスメイト達です。
「先生は銀歯取れたことないの?」
「取れるとまた削られるんだよー」
「えー、私、そのままつけてもらったよ」
「いいなぁ、一番奥の歯、銀歯どんどん大きくなってくもん」
「それ、私と一緒だ!」
「俺、ここ、銀歯取れてるんだけど、お母さんに捨てられちゃってさ。ティッシュにくるんだやつ」
「うわぁ、削られれるよぉ、キーンキーンって」
「おい、やめろって。俺、今日歯医者なんだけど」
「何で取れたの?」
「キャラメルミルク味!」
みんなそれぞれに、甘くて粘着質な「敵」にしてやられた経験があるみたいでした。
すでに私の親世代には、乳歯の虫歯であっても治療は必要だと認識されていたので、みんな口いっぱいの銀歯を光らせて、笑い、泣き、ケンカし、遊びまわって日々を過ごしていました。それでも、祖父母世代には、乳歯の虫歯くらいで歯医者に連れていくのはかわいそうだと考える人も多く、嫁姑バトルが勃発することも少なくなかったようです。小児歯科の待合室で、お母さんどうしが愚痴をこぼしているのをたびたび耳にしました。我が家も例にもれず、2歳にして虫歯デビュー(5本も!)した私の治療の是非をめぐって、一悶着あったみたいです。
しかし、あのときの標語、一体どうなったんでしょう?結局、先生がどのような対処したのか、全くおぼえていません。。
33:ミルキーは銀歯の敵 :

2018/07/16 (Mon) 00:05:20

取材記録12(被告人 保釈後)
岡 逸郎 62歳 歯科医師

あんた、記者かい?私の行きつけの店まで調べたのか?こんな日だから、今日は一人で飲みたいんだよ。ほっといてくれないか。
ったく、まあ、まるで飼い犬に手を噛まれた気分だよ。あの被害者ぶったわがままな患者どもめ。君は知らないかもしれないけどね、あいつらもともと、えっらい虫歯だらけだったんだから。「痛い治療が怖いんですゥ」なんてカマトトぶって、もったいつけてから口を開けるんだけど、まぁ、茶色いグジュグジュの大穴だの、銀歯が外れたところを放置していて土台まで腐っているだの、ひどいひどい。くっさい息を吹きかけてきてねぇ。
え、何だって?それを治すのが歯医者の仕事だぁ?君たちはこれ以上私を叩いて、何をしたいのかね。生意気な小娘め!正義漢ぶってうるさいんだよ、少しは黙らんか!
おおっ、君、ちょっとイーッてしてくれる?なんだよ、急に口閉じちゃって。ははは、コンプレックスなのかな?前歯のとこ2本、レジンが丸わかりだね。これは虫歯が大きくてだいぶ削ったんじゃないの?今は強気にしてるけど、削られてる間はヒーヒー言って、もうやめてーって泣いたんじゃないの?ね?その時のぐちゃぐちゃの顔、見たかったねー、はっはっは。
なーにがセクハラだ、私は歯科医師として気づいたことを指摘しただけだよ。ほら、ちょっとイーッ。診察代はいらないよ、ほれ、ちょいと失礼。唇をめくって、と。
なんだよ、私の手を払いのけることないじゃないか。そもそもは私が1人で飲んでるところに、君がやってきたんだよ。それで、一歯科医師として君の歯が心配になってしまったから、歯と歯の間や歯茎との境目をしっかり診てあげようっていうボランティア精神だよ、ボランティア。
しっかし、まぁ、犬歯にも古そうなレジン詰めてるねぇ。大新聞の記者がそんな歯で取材してるなんてね、はっはっは。奥歯なんかいっぱい銀歯がありそうだね。治療してない虫歯もあるかな?
あーんしてごらんなさいよ、診てあげるよ。痛いことしないから。こんな店の真ん中じゃ、痛いことなんかできるわけないだろ?ほら、早く。
まあまあ、そんな顔で睨むなよ。ははーん、君、歯医者が嫌いだろ?歯医者に恨みがあるんだな、きっと。虫歯だらけでいっぱい泣いてきたんだ。それで、私を悪者にしたいわけだ。
おー、意外だな、人前で堂々と大きな口開けるなんてねぇ。プライドが高そうなくせに、素直じゃないか。どれどれ?はぁーん。うわぁ、ひどいねぇ、ギンギラギンだ。ちょっと上向いてー。あーりゃりゃ、上の奥歯も全滅だ。
君、若くて美人さんなのにねぇ。しかも高学歴で高収入で。だろ?新聞記者なんだから。それなのに歯はボロボロってか。いやー、50代、60代の、そこらのおばちゃんみたいな歯をしてるね。被せた銀歯が入れ歯にかわるのはいつ頃かな?はっはっは。もう1回あーんしてごらん、虫歯のチェックをしてあげよう。

え、なんだって?今度は私の口の中を見せろ?何を言ってるかね。私が何で君に歯を見せなきゃならんのか。あぁん、え、虫歯の洪水の世代!?だから、虫歯の治療痕が多いはず!?
なんだと、誰に聞いたんだ!?私は歯科医師なんだよ!そこらの親父じゃないんだ!歯医者さんの虫歯が気になりますって、君、何言っとるかね!?えぇっ!?
なーにが、金歯が沢山ありますね、だ!私をわざと怒らせて口の中をのぞき見したのか!こすっからい奴め!金歯で何が悪い!
ああ、そうだよ、私は虫歯の洪水の世代だよ。子どもの頃なんか、大きな穴のあいた虫歯が何本もあったさ。前歯も味噌っ歯でね。だけど、うちは貧しくてね、歯医者なんか行けなかったんだよ。歯が痛くてしょっちゅう泣いていたさ。
しっかし、その頃の歯医者は儲かったんだよ。朝早くから、虫歯だらけの患者が列を作って診察を待ってね。歯医者はみーんな、豪邸に住んで外車を乗り回していたさ。
まぁ、俺なんかはお袋にさ、グラグラしてきた乳歯の虫歯に糸引っ掛けてもらって、それで抜いてたんだけども。でも、学校の勉強は得意だったからね、お袋に楽させたい一心で勉強して、国立大の歯学部に入ったんだよ。その頃は今よりルーズな時代でね、先輩の練習台になるとタダで治療してもらえたんだ。
え?患者にはメタルフリーを勧めるのに、自分はゴールドだって?矛盾を感じないか?
感じないよ、だって需要があるからやってるんだから。卒業後は、高級住宅街の富裕層向け、自由診療のみの歯科医院に就職したよ。まだ歯医者には研修医制度とかなかった頃だからな。明治の終わり頃から、富裕層向けにやってた医院なんだけども、まぁ、その頃から白い歯は人気だったよ。
メタルボンドっていって、ゴールドの被せにセラミック焼き付けたやつな、あれが出てきた頃で。ま、ゴールドの適合の良さと、セラミックの見ばえの良さを組み合わせたようなもんさ。いやぁ、患者には喜んばれたね。詰め物に関してはゴールドでって、俺も若かったんで患者を説得しようとしたけど、まぁ、無駄だったね。一度でも白い歯で治るのを経験しちまうと、なぁ。
大人ばっかりじゃないよ。有名私立小学校のお受験では、銀歯が見えると不利になるとかで、虫歯のチビちゃん達もよく治療したねぇ。深い虫歯を削ってる最中は真っ赤な顔してギャーギャー泣きわめいて、そこらのガキと変わんないんだけど、治療が終わると「本日はありがとうございました」って一礼してくのさ。白い被せ物してやると、親が喜んだね。普通に治療してたら、銀歯だらけになってたろうな。
しっかし、近頃は金持ちはみんな歯が綺麗になっちゃったからね。特に子ども。親が予防に気を使うようになったからね。子どもの頃から予防するのが当たり前になると、若い子たちなんか、虫歯はほとんどないわな。虫歯を見つける、削る、詰める被せる、に注力していた俺は、いつの間にか時代遅れになってたんだな。
医院の名前だけ俺の名前に変えて、修行先の医院を譲ってもらったんだけども、先代の先生の頃から、代々通ってきていた患者たちが、予防に熱心なクリニックに移っていってさ。薄情なもんだよ。
それに、先代は自分の息子を歯医者にはさせずに、医学部に裏口入学させてたのさ。代々続いた伝統ある医院なのに、だよ。歯医者は増えすぎて、でも虫歯は減って。今みたいな時代になるって、先を見越してたんだろうな。
金持ち以外を対象にしなきゃ食えないってんで、もらった医院は売っ払って、上京したての姉ちゃん達をターゲットに、新しいクリニックを始めたんだよ。でもな、姉ちゃん達からは、金持ち連中と同じ金額は取れねえよ。奴ら金ねえからな。それに、さっきも言ったけど、もう、無茶っ苦茶に歯が悪い子ばっかりなのよ。うちに来るのは。
んで、コストカットをはかった治療をしたら、奴らの口の中は崩壊しちまったってわけさ。でもな、言っとくけど、あの姉ちゃん達、治療が終わると涙流して喜んでたんだぜ。それを今さら訴えてきやがって。自分の不摂生は棚に上げてな。
君たちマスコミが偏った報道をするから、警察だ、検察だ、あいつらも姉ちゃんらの味方になってよぉ。逮捕までされちまった。ま、保釈金払って出てきてやったけどな、はっはっは。
しっかし、よぉ、南青山と表参道のクリニックは両方潰れた。君たちみたいなマスコミに叩かれたせいだよ、えぇ!?
俺の老後をどうしてくれる?

  • 名前: E-mail(省略可):
  • 画像:

Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.